街には暖かそうなコートを着た人が行き交う季節になった。
北川家の家のリビングから紗絵と父親の晴彦が言い争う声が聞こえてきた。
「パパは、おまえの為を思って 言ってるんだよ
」
「あたしの為? そんなの ただのパパのエゴじゃないの
あたしを本当に思ってくれてるなら 好きな人と一緒にさせてくれるはずよ」
「おまえは、世間知らずだから 分からないんだ 将来のことを考えてみろ 佐久間は、おまえだって よく知ってる 仕事が出来るいいやつだろ
おまえと一緒になって 将来は、この会社を継いでいけば なんの苦労もなく 幸せな生活が出来るんだよ
どこの馬の骨とも分らんやつより ずっと いいだろ」
「パパに彰の何がわかるの
確かに彼は、学歴もないし 母子家庭で育ってきたから苦労はしてる でも その分 一生懸命に仕事してるし 大学出てる人より ずっと ずっと 何でも知ってるし 頭もいいし それよりなにより 優しいの
あたしにとって それが一番なの」
「まあいい そのうち わかる時がくる 卒業まで まだある
よ~く考えときなさい」
紗絵の父親 晴彦は、紗絵に自分の会社でもっとも仕事ができる佐久間との結婚を薦めていた。
佐久間は、30歳 独身 大学を出てから 二年間アメリカの車の部品工場で、アルバイトをしてきた。
帰国してすぐに就職した先が 晴彦が経営する 車の部品を輸入する会社だ。
晴彦は彼に将来 会社を継いでもらおうと考えていた。
一方 紗絵の恋人彰は、そのころ自分の父親がどんな人なのか 気になりだしていた。
あれから 興信所の男から何度か連絡はあったが、どうしても 会いに行くところまでは、気がすすまなかった。
(今更会ったところで、どうなんだ…)
けれど 病気をしていると聞いて 生きているうちに 会っておかなければ…
そう 揺れ動いていた。
今日は仕事が休みで 朝から 何度も 洋画の映画のDVDを観ては なにやら ノートに書き写していた。
彼は 独学で、英会話の勉強をしていた。
それには、彼なりに考えた勉強法が…
好きな洋画のDVDを吹き替えなしで何度も聞くことだった。
紗絵との約束は、今日は、なかった。
彼女は、卒業旅行の打ち合わせで 大学の友達に会う事になっていたからだ。
その朝 彼女の家で何を話しあっていたかなんて 彰には、知る由もなかった。
「ピンポーーーン 」 昼過ぎになって、彰の部屋のインターンホンがなった。
ちょうど コンビニに遅い昼食でも買いに行こうとして玄関に向かっていたところだったので 尋ね人にとって さほど待つこともなく ドアが開いた。
ドアの前に立っていたのは、英国製のいかにも高そうな シャキっとしたスーツをきた50歳くらいの紳士だった。
「富岡彰さんですか」
「はい そうですが…」
「わたくし あなたのお父様の富岡健一郎会長の第一秘書を務めております 橋本と申します。」
男は、そう 自己紹介すると 名刺を丁寧に差し出した。
会長…? 誰が…? あなたのお父様の…? 富岡健一郎… 秘書…?
彰は、その男が話した言葉を断片的に 頭の中で繰り返した。
いったい 何があったというんだ。
何か悪い夢でもみてるのか?
「何度か興信所のものに 使いを出していたんですが… 会長がどうしてもあなた様をお連れするようにと… 」
アパートの二階の通路の柵から下を見下ろすと 黒塗りのロールスロイスが止まっていて中には運転手がじっと座って待っていた。
外にはひとり スーツを着た男性が合図を待っているかのように見上げながら待機していた。
「今からすぐに お父様のところへ お連れいたします。 支度は、いりません 着替えなどすべて こちらでご用意させていただいておりますので お屋敷に到着されてから お着替えくださいませ。」
(どうしたというんだ… )
彰は、橋本の勢いに押され 言葉を発することを忘れたかのように ただ 呆然と橋本に就いていくしかなかった。
階段を下りると 運転手が外に出て後ろのドアを開けた。
車内は、運転席と後部座席の間は、分厚いガラスで仕切ってある。
冷蔵庫も設置されてある。
「冷蔵庫の中のものは、ご自由にお召し上がりください」
橋本が 冷蔵庫を開けて 彰にお茶を差し出した。
運転席の隣には、先ほど外に立っていた男が座っていた。
普通であれば、こんなビップな歓迎をうけることに 気持も高揚するはずである。
が… 彰は、昼食を食べてない事も忘れるほど 頭の中が混乱して ただ 黙ったまま 車内の静寂な空気に包まれていた。