俺達のキッチンには相変わらず適当な物しかない。
そのキッチンにある1番豪華な物をと言ったら、
ファンの子からもらったソンヨル専用のコーヒーメーカーだろう。
俺達は贅沢をしないんじゃない。
する時間も暇もないだけだった。
もう桜は散った。
後は何が残されているのだろう。
黄緑色の真新しい葉と、少しだけ残った桜に
想いを託して、俺は朝食を取る。
トースターの前にしゃがみこんだ俺は
カスタードプリンを少しづつ味わいながらパンが
焼けるのを待っていた・・・・。
ジーーーーーーーーーーー・・・・
タイマー音が静かな朝のBGMになって、
不愉快な眠気を少し和らげてくれる。
とてつもない体の重みに耐えながら
次の事を考えた。
今はもう新曲が出ても、当たり前になって
ユカリンのお見舞いもかれこれ数十回は
行っただろう。
ユカリンにイヤホンを付けて、リピートさせた
INFINITEの曲。
これがなんの意味なのかも分からずに
ただ、気づいて欲しいと願う俺の
まじないなんだろう。
だけど、俺は全く虚しくはならなかった。
お見舞いに行くことが日課になって・・・
そうは言っても毎日行けるわけじゃないから
時間を見つけてって感じかな・・・
ユカリンのヌナとも時々LINEでどうでもいい
楽しい話もするようになっていった。
一体どんな関係でいるのか
俺は別に区別するつもりもなくて、
ヌナもそれと同じ様な気持ちでいるんだと思う。
いつもの朝・・・
眠い朝・・・
いつもの顔が揃ったら、賑やかに笑って
男ばかりの生活の楽さに楽しさもつまらなさも
覚えた。
俺はパンが焼ける音にだけ耳を澄ませて
食べ終わったカスタードプリンをゴミ箱に捨てる。
するとその横でウヒョンが卵焼きを作り始めた。
「玉子焼きと目玉焼きどっちがいい?」
「目玉焼き~」
「ん、O.K」
そんなあり触れた会話をしながら、俺はお皿を出して待っていた。
チーーーン・・・・
パンの焼けた香りに釣られてみんなゾロゾロとソファに集まっていた。
俺は次のパンを焼くために、新しいふわふわのパンを用意して、
焼けたパンをお皿に乗せて運んだ。
トースターが熱くなったから、次のパンはすぐに焼けるだろう。
バターとイチゴジャムを冷蔵庫から出してくれたホヤに
「サンキュ」と言って少しの笑顔を交わした。
ソンヨルは後から起きてきたけど、冷蔵庫から
出来上がっているサラダを出してくれた。
袋詰めになっているサラダを大きめのお皿に2つに分けて
乗せて、チーズをトッピングした。
ソンジョンはソファに座るミョンスの膝の上に頭と腕を乗せて
まだ眠そうにしていた。
あくびの曲ができそうなくらいに次々と連鎖して
みんながあくびをしている頃に、朝食が出来た。
俺達は7人で朝食を摂り、満たされたお腹に満足した。
俺の髪が何色にも変わったり、歌が変わっていく度に
君が居ない事を実感してしまう・・・
こんな慣れてしまった忙しさの中に君を探して
俺は色んな風に姿を変えていった。
それがまた時の流れを感じて益々君への思いが募った。
朝食で汚したお皿を洗った後、洗面所に向かって
顔を洗った。
なんだか、気持ちが悪くなって、朝からシャワーを浴びる事にした。
眠くてそうなのか、気が付けばバサバサと服を脱いでいる自分がいた。
「ドンウヤー、朝からシャワーかぁ~?」
「お~・・・」
遠くから聞こえる、ソンギュヒョンの声に
なんとなく安心感が生まれて、俺はそのまま
入って行った。
少しだけ寒い朝の空気の中で、熱いシャワー浴びると
身体はだるくなるけれど、気分はスッキリとした。
「ドンウヒョン、シャワー浴びたの?」
「うん。なんかサッパリしたくて。」
「ふ~ん・・風邪引くなよ?」
「うん・・・。」
そんなウヒョンとの会話もスムーズに交わした後、
俺は服に着替えて髪も乾かした。
ニガオプスルッテ~♪ニガオプスルッテェ~♪
なんて陽気に歌いながら、ドライヤーをフリフリと振って
完璧に乾くまで洗面所にいた。
「ドンウヒョン?」
ソンジョンが顔を出して見に来た。
「ん~?」
「今日、行くの?病院。」
「うん。ちゃんと帰ってくるから大丈夫だよ。」
「うん。今日は夕方からだからね?」
「うんうん。分かってるよ」
「ん・・・気をつけてね。」
「ありがとっw」
「ねぇ・・ドンウヒョン。」
「ん~?」
ドライヤーはゴゥゴゥと音を立て、今にもソンジョンの声を
かき消してしまいそうだった。
「あのさ、僕も一緒に行こうか?」
「あははっ何言ってんだよぉ~大丈夫だよ。
一人で・・・」
「ん・・・そっかw」
そう言ってソンジョンはピョコっと出していた顔を引っ込めた。
すると、それと同時くらいにミョンスがカメラを持ったまま
ドンウに話しかけてきた。
カシャ・・・
「わっ!何っ!今の撮ったの?」
「うんっ。上半身、裸の男のドライヤータイム・・・」
「何、その元気のいい返事と変なタイトルは。」
「なんか絵になると思ったから撮った。」
髪が乾いて、ドライヤーのスイッチを切ると、
ドンウは撮れた画像を見せてもらった。
「おぉ~ほんとだ。なんかいいね。」
「こういう風景みたいな写真って思い出にもなるし
日常って感じがいいよね。^^」
「うんうん。なんか俺、渋い顔で格好良いんじゃない?」
「うん。なかなか絵になるよね。」
「あ、それさっきも言ったね・・・」
そう言うと、そうだった?と言う感じで
顔を見合わせて、思わず二人で吹き出してしまった。
つまらないことで笑える幸せに感謝した。
「ミョンス。ミョンスは今日写真撮りに出かける?」
「う~ん・・・どうしようかな。この間桜の木とソンジョン撮ったから
写真整理でもしようかなぁ・・・」
「そっか。俺は病院行ってくるから。」
「うん。気をつけてね。時計と携帯、ちゃんと
持って行ってよ?」
「分かってる。帰る時電話するね?」
「ん。分かった。」
そう言ってミョンスも部屋の方へ戻って行った・・・
俺はソンギュヒョンにも出かけることを伝えてから
玄関を出た。
眩しい太陽がぬくもりと同じくらい暖かかった。
猫は当然、寝ちゃうよなぁ~・・・
そんな風に思いながらね。
俺は歩き出したんだ。
小鳥がさえずって、遠くで犬が吠える。
車の排気音とクラクション。
それから時々サイレンが聞こえた・・・。
街の中もさっきまでいた俺の家も
いつも変わらない日常が既に始まっていた。
なんだろう・・・?
この気持ち。
この道だってもう、慣れた筈なのに、
なんだか時々違う世界になったように見えるんだ。
風に揺れる葉が擦れる音も、普段は何も
気にしないのに、やけに耳に残って。
君がいないこの世界はグルグルと回っているよ。
君の声が聞こえない世界が俺を駄目にしてしまうよ。
それでも俺はご両親に頼み込んで、未だに
ユカリンを病院に閉じ込めている・・・
治療費はもう要らないけど、個室に替えてもらった
部屋代や呼吸をするための機械を使っているから、
お金が掛かる・・・
俺はそれを治療費として、全て振り込んでいる。
半ば無理矢理受け取ってもらって、俺の我が儘を
通しているんだ・・・
ご両親は本当は安らかに眠らせてあげたいのと
それでもユカリンを見ていたいという葛藤の中で
お金を受け取ってくれている・・・
できればまだ失いたくはない命だから。
目覚める事がないって言い切れない為に
何処かで期待してしまうんだ。
ご両親も含めて俺も、ヌナもその覚悟が
出来ないから、こうするしかないんだ。
俺が申し出て、無理矢理そうしてるって形なら
少しはご両親の気持ちも救われると思って。
だけど・・・この虚しさはなんだろう・・・
この心の中だけであがいている気持ちは
なんなんだろう・・・?
考えるだけ無駄な事にも既に気がついて、
ヌナと俺はいつも互いにそんな話をした。
それから、何気ない会話や日常の出来ごとも
話して、笑いあった。
ヌナの優しいぬくもりを文字から受け取る度に
俺はとても優しくなれた。
ギスギスした気持ちをセーブしてくれる
お薬のようなヌナだ。
「ヌナお薬をください~~><」
「またですか?w」
時々そんな文字まで交わした。
だけど、未だに会った事がない・・・
なぜだか避けられているような気もして。
ハッキリと言われた分けじゃないけれど、ヌナは
俺の心を時々かき乱すんだ・・・
時々寂しそうに、「会いたい・・・」とか。
でも、それは俺にじゃなくて他の誰かに
なんだろう・・・。
俺はそう思って、「何かあったの?大丈夫?」
としか言えなかった。
やっぱりヌナはごめん。と言って
次の日になればいつものヌナに戻っているんだ。
そんなヌナが心配だけど、俺とヌナはそうして
お互いに会わないまま、寂しさを埋めて来たんだ・・・。
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もうすぐ病院につくから、俺はお土産を買って
ユカリンに会えるっ~~!!って思って、スキップをした。
今日の顔色はどうかな?
そんな風に顔を出した。
「ユカリン、ドンウが来たよ^^今日も可愛いね^^」
ユカリンの髪を撫でて、俺は頬にキスをした。
だって、今日は新しいCDを持ってきたから。
「ユカリン、俺ね?ホヤとINFINITE Hって名前で
歌を出したんだよ!それでね?今日はそのCDを
持ってきたんだぁ~♪ユカリンは今何を聞いてるのかな?」
俺はユカリンの耳からイヤホンを外して
自分の耳に片方だけ付けた。
「アイゴ~~まぁ~だこの曲聞いてたの?
新しいの入れなくちゃね!」
俺は替えのI PODを出して、新しい曲が入っている
方と取り替えた。
たまには違うアイドルの曲を聞かせたけど、
ちゃんとユカリンにこれは違うからね?1曲だけだよ?
って念を押してから聞かせた。
だってさ、こっちのファンになっちゃったら大変だろ?
でもさ、毎日同じ曲じゃ飽きちゃうと思ってさ。
そう言いながらユカリンに新しい曲を聞かせた。
返事がなくても俺はずっと説明したり、話しかけている。
変な人なんて思われたって俺にはどうでも良かったし
関係ないって思うんだ。
俺がそうしたいからそうしてるだけ。
それでいいだろ?
そこは曲げないし、やめられない。
だって俺はユカリンが大好きだからさ。
あ、起きたらちゃんと言えるかな・・・?
おわっ!ヤダヤダ・・・なんか
考えただけで胸がドキドキするぞ?
「さて、じゃぁユカリンいい?曲流すよ?」
俺は2曲を何度もリピートさせて、俺の声が
沢山流れるINFINITE Hをかけ続けた。
「今度来る時までにこの曲を覚えてよ?」
俺はそう言ってニッコリ微笑んだ・・・
俺が見逃したユカリンのサイン。
「聴こえる・・・?どうかな・・・気に入ってくれるかな?」
少し微笑んだ・・・
俺は少しだけ口の端をを上げて微笑んだ筈だったんだ。
それなのに、君は指先一つ動かさないまま
涙を流した。
「えっ・・・どうして?あっ!ナースコール!!どこだっ?」
ガタガタンッ!!
ベッドの柵に足をぶつけて動いてしまった。
だけど、反対側に回らなきゃナースコールのボタンに手が届かない。
焦ってベッドが動いてもユカリンは
涙だけを流して、反応した。
俺の曲を聞いて・・・
反応したんだ。
急いで押して来てもらった。
「ほんとですね・・・。」
「でしょっ!?でしょっ!?これって、もしかして
僕の声が聞こえてるって事ですよねっ!?」
俺は嬉しくて嬉しくて、どんな言葉でも言い表せない
程だった。
こうなったら、どんな手を使っても目を覚まさせてあげるんだ。
ご両親だって喜ぶぞっ!!
「看護士さん、これって・・・これって・・・
目が覚めるかもしれないって事ですよねっ?」
俺は興奮気味に言った。
あぁ~・・なんて今日はいい日なんだろう。
清々しい天気のおかげなのかな?
俺の願いが届いたのかな・・・
期待に胸を膨らませて踊りたくなるようだった。
でも・・・
「すみませんが、この涙は違います・・・。」
「えぇっ?どうしてです?だって曲を聞いたら
涙が出てきたんです。それが違うわけないじゃないですか!!」
「お気持ちは分かりますが・・・」
「だって現に涙が出てるのに違うって言う理由を
教えてください!!納得できませんっ!」
俺は悪くもない看護士に当たるように言葉を投げつけてしまって
我を忘れた・・・
きっと誰だってそうなってしまうだろ?
だってどう考えたって俺の曲を聴いてから
涙が溢れたんだから・・・・
「眼球運動による目の乾燥かと・・・」
「そんな・・・」
「でも・・・脳については、未だに解明されていないことが
多いんです。だから、あなたの曲を聞いたから涙を流したと
考えてもそれは間違いとは言えないんです。私は看護士です。
こういう事もあると正直にお伝えしなければなりませんが、
あなたの言うとおり、あなたの声に反応したのかもしれませんね^^」
「看護士さん・・・ありがとう・・・。」
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俺は溢れてきそうな涙をこらえて、ユカリンを車椅子に座らせた。
「俺、お散歩に行ってきます。」
「はい。気をつけてくださいね?」
看護士さんの言葉がありがたかった・・・
嘘でもなくて本当でもなくて。
ただ正直にそういう事が考えられるからって
教えてくれたんだから。
「ユカリン、今日はとっても気持ちがいいね!
ユカリンの髪は今日はここで梳かしてあげるね?」
ゆっくりと歩いた中庭から見えて来た風景は、和風にも見えて
洋風にも見える庭がいくつもくっついたみたいに広がっていた。
左側は砂利や灯篭を飾って、小さな池もある公園・・・
百合の花も植わっていて、池には鯉が泳いでいる。
あれは・・・山百合なんだろうか・・・
そんな風に眺めながらその横を通り過ぎ、ベンチに座った
老人に一礼して、芝生の広がる方へ足を運んだ。
花が咲き乱れる花壇には、色とりどりのチューリップが
咲いている。その間にはムスカリが存在感を引き立ててくれて
とても綺麗だ。
その花壇の横には洋風レンガで作られた水道もあった。
芝生を刈るおじさんに手を振って、俺はそこでユカリンの
髪を梳かし始めた・・・
ユカリンが目を細めて笑った・・・。
「ユカリン?綺麗に咲いたね^^
もうすぐきっと退院できるよ?」
ユカリンがそっと腕を伸ばして
俺の頬に手を当てて微笑んだ。
その手の上に俺も手を重ねて目を閉じた・・・
ユカリンの手が冷たい。氷のように。
次第に凍った手が俺の顔まで凍らせて行き、
体も全てカチコチになっていった。
寒い・・・やめて・・・ユカリン・・・。
あまりの寒さに俺は目を開けてハッとした。
全ては俺が見た白昼夢だった・・・。
気が付けば俺はベッドに頭を付けて
眠っていたようだ。
ユカリンの顔を見たら、まだ目は閉じたままだった。
「ユカリン・・・あはっ俺、夢見てたw
ユカリンとね?この先にある庭で散歩してる夢だよ?」
そう言いながらユカリンの体を横にしたり、起こしたり
マッサージをして刺激を与え続けた。
それがきっかけで目が覚める場合が稀にあるんだってさ。
俺はどんな夢みたいな話でも実践した。
ありとあらゆる話を鵜呑みにして。
それでもいいんだよ・・・
0じゃないだろ?
可能性は0じゃないんだ。
今日の涙は一歩だよね?
俺は自分にそう言い聞かせて、家に帰る。
「ユカリン。また来るからね?」
そう言い残して・・・
この後、俺は知らなかった・・・
ヌナ・・・
どうして言ってくれなかったの?
心臓が破裂する程に俺は走る事になったんだ・・・。
『頼む、間に合ってくれ。』

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