最近のニュースを見ていて思うのは、AIに相談すること自体が悪いわけではない、ということです。
むしろ、これまで人間だけでは整理できなかった問題や、誰にも相談できなかった苦しみに対して、新しい出口を与える可能性があります。
膨大な知識を整理し、対話を通じて思考を助けるAIは、ある意味で、人間が解決しきれなかった問題に向き合う補助線にもなり得ます。
AIは人の気持ちに寄り添う形で応答するため、相談者の考えや感情を理解しながら対話を進める傾向があります。
その特徴は救いになる反面、人の内面を増幅する装置にもなり得るのです。
善意を持つ人が使えば、考えを整理し、問題を見つめ直す助けになるかもしれません。
しかし、強い思い込みや一方向の見方を抱えたまま向き合えば、その考えがときに強まっていく可能性もあります。
人間の意図を受け取り、それを拡張する道具として働く以上、良い方向にも、望ましくない方向にも力を与え得ます。
そう考えると、AI時代にはどこか黙示録的な空気があります。
ここでいう黙示録的とは、世界の終わりという意味ではなく、人間の内側にあるものが露わになり、加速していく感覚です。
人の中にあるものが、以前より速く形になり、広がり、強まっていく時代とも言えるのかもしれません。
AIの本当の怖さは、機械が人類を支配することではなく、人間自身が抱えているものを増幅し、見せ返してくる点にあるのかもしれません。
だから問われるのは、「AIは危険か」ではなく、「自分は何を増幅させているのか」ということなのだと思います。