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キハでGo!

Blog of the Kiha, by the mid-aged man, for the Kiha lovers.

こんばんは!

本日は4月中旬並みの暖かさとのことで20℃超えとなる春日和な一日でした。

 

日曜日恒例の「スポーツ御意見番」から始まる日曜日ですが、話題はミラノ・コルティナ オリンピックからです。

メダルラッシュに沸く日本ですが、2枚目のように悪天候に伴う競技の途中終了などの話題もあり、世間では「あと少し待てば・・・」や「ヨーロッパ勢が勝っていたから中断した・・・」などの声もありますが、二階堂選手は「これがオリンピックですね、そう思うしかない」と受け入れており、ルールで規定されている以上は仕方ないのではと思います。(日本も長野の時に悪天候になり、中断の声もありましたが、テストジャンパーに飛ばせて継続した経過もあるので、これもルールで当時は受け入れられたことを思うと、お互い様だと・・・)

 

今回の冬季オリンピックはスノーボードなども沸きましたが、何よりもフィギュアスケートがすごかった!

特にペア競技では前日の失敗で5位発進となった「りくりゅうペア」が決勝では最高得点をマークして見事に金メダルを獲り、木原選手はずっと号泣、9歳年下の三浦選手は前日からしっかりとフォローするお姉さんぶりを発揮しての結果に日本中が沸いたのではと思います。両選手も素晴らしいのですが、それを17年間も支え続けた総合生活企業「木下グループ」の皆さんもスゴイと思いました。(住宅・不動産、医療・介護・保育、エンターテインメント、スポーツなど多岐にわたる事業を展開する総合企業)

そして女子フィギュアも今回で引退を表明している坂本選手が銀メダル、今回、初出場で17歳高校生の中井選手が銅メダルを獲得し、有終の美と、見事な世代交代の兆しを感じさせ、こちらも日本中を沸かせてくれました!

ミラノ・コルティナ五輪も日本時間の早朝4時に閉会し、熱かった17日間の幕が閉じます。

オリンピックは近年、拝金や商業傾向にあると批判をされますが、やはり各選手の熱い戦い、努力の結果を見れるのは醍醐味であり、今後も選手ファーストでお金の掛かり過ぎない公平な開催であって欲しいと思います。

 

本日は墓参りと所用で実家を訪ねましたが、ここ数日ハマっている「ぶらキハすきすき」(勝手に命名w)を実家近辺でも敢行しました。

まずはとある場所を目指して歩き始め、途中の「渦潮ベーカリー」で総菜・菓子パンを購入!本当はカレーパンが欲しかったのですが、店主によると本日は温かく客足がよかったので、午前中で売り切れてしまったとのことでした。

なので今回は2枚目のロールパン、ホワイトロール、ジャムパン、くるみアンパンを購入し、明日の朝食と昼食に楽しむことにしました。カレーパンは近日中にリベンジしたいと思います。(まじ美味しいのでお勧めです!)

 

目的地は徒歩20分ほどにある枚方市立樟葉南小学校です。

こちらは保育園の年長時代に父が家を樟葉に買い、奈良県安堵村(現在は安堵町)から越してきて通っていた小学校です。ただこの後、父の仕事でオーストラリアに転居したので、実際は1年ほどしか通っていませんでした。

そして2枚目は小学校のすぐ前にある農園の入り口ですが、写真のように少しフェンスがおり、微かな記憶ですが、この空いたスペースによく的屋が来て「型抜き」や「くじ引き」をしており、小学生がたむろしていていました。(私も傘の型抜きをした覚えがあり、柄の部分がうまくできなかった記憶が・・・w)

 

小学校からさらに運動がてらの散歩だったので、そのままくずはモールの「SANZEN-HIROBA」まで足を延ばし、引退した車両たちに会いに行きました。(ここから「テツ」分補給ですw)

旧3000系は運転シミュレーターが起動しており、運転席には体験者、そして車両の前面には投影スクリーンが下ろされていました。こちらは「505号車デジタル動態保存運転体験」で30分2000円となっており、一度は体験したいと思っていますが、未だに・・・・w

 

この旧3000系は中に入ることもでき、1枚目は懐かしい補助シートでこちらは私の幼少期は七条から京橋の間だけ使用でき、さらに一人分ずつの折り畳み補助シートでした。(現在は二人一組となっています。)

そしてドア横の壁には1972年当時の路線図が掲示されており、この頃はまだ鴨東線(「おうとうせん」と読みます)がなかったので、三条⇔淀屋橋となっています。

 

そして旧3000系のちかくにあるHOサイズのジオラマでジオラマの下部で目立たない位置に2枚にある出町柳駅の地下構内を再現したジオラマも作られています。(車両は2600系です。しかも「がいこつテール」仕様!)

このジオラマには3000系の特急と13000系があり、3分200円で運転走行させることができ、ちびっ子たちに人気の場所となっています。(地下は走行しませんw)

 

他には2600系(トップナンバー!)のカットモデルが展示されており、説明文は更新車ですが、カットモデルの方は登場時に戻されており、卵型京阪の特徴でもあった「がいこつテール」となっています。それと上部のデカいヘッドライトもカッコイイですよね・・・

 

そして最後は私が一番、大好きな5000系です。

こちらもトップナンバーで車両は出町柳向きの5551で現在はカットモデルとなっています。(俗に言う「551蓬莱」ナンバーですw)2枚目は残されたFS337E台車です。この5000系を見ているとき、近くにいた家族が・・・

母:「あれ、ライトの片方が付いていないね」

父:「本当だ、球切れしてるのかな?」

と・・・そうです、下部の標識灯のことを話されているのですが、片側点灯を球切れと言われていましたが、片側点灯は、急行灯(通過灯)として点灯させていたので、ヘッドマークが「準急」なので向かって右側のみが点灯しています。

これを伝えたかったけど、「変なテツおじさん」に思われても何なので、心の中でレクチャーしておきましたw

 

この5000系は近くで観察することも出来ます。(ただ車内に入ることはできませんorz)

1枚目は5000系の特徴である「ラッシュ用ドア」ですが、このカットモデルは「ラッシュ用ドア」に切り替える際の座席昇降機能(詳しくはコチラ)は残されており、時々、イベント企画で公開されています。

そして私の大好きな「UFO送風機」も残っています。これは動くのでしょうか??(過去の実物動画はコチラ

ちなみにこの送風機の正式名称は「ロータリー送風機」ですが、私はかってに「UFO送風機」と呼んでいます。

この「UFO送風機」・・・以前に京阪の「e-kenetマーケット」で廃車部品として販売されており、私も果敢に挑んだのですが、入手できず・・・これを買って、自室の送風機にしたいのですが・・・また販売されないかなぁ・・・

 

「SANZEN-HIROBA」を堪能して一路、実家に戻ろうと思いましたが、もう一か所、訪ねたい場所があり、向かいました。途中、工事中の新名神高速の高架道路を眺めつつ、私が通った樟葉西中学校も訪ねました。

こちらはオーストラリアから帰国した中学校3年生のみ通った中学校ですが、懐かしさを感じました。もう48歳ですが、意外と記憶も残っており、懐かしさを感じました。

 

最後は樟葉西中学校の近くにある穂谷川の踏切で「テツ」分補給を敢行!

8000系や7200系で試し撮りをして目的の「アイツ」を待ちますw

 

そう!過去に何度も紹介している京阪2200系の「リバイバル塗装」(詳しくはコチラ)です。

実車には乗車し、そして駅からの発車は何度か写真や動画に収めていますが、今回はちょっと離れた位置から走行している2200系「リバイバル塗装」を撮影しました。

これも鉄模愛好会のBさんから教えてもらった京阪の運用が分かる「えれサイト4」のおかげです。樟葉西中学校で急に撮影を思いつき、サイトを確認すると10分後に2200系がくることが分かったので、無事に撮影できました。

 

ちょっと離れた位置から撮影する2200系は格別であり、また旧塗装が一段と懐かしさを彷彿させ、母校の小学校、中学校を訪ね歩いた「ぶらキハすきすき」を締めくくるには良い終わりとなりました!

 

この連休は初日から「ぶらキハすきすき」と勝手に称してあちこちを徘徊しており、下肢がぱんぱんですが、なかなか車での移動ではない、新たな発見も多く、有意義な連休となっています。

明日は連休の最終日ですが・・・どこをぶらつこうか考え中ですw(これもなかなか楽しいですよねw)

でわでわ

 

日曜日の締めくくりは「笑点」です。毎週、欠かさずに視聴し、来るウィークデイに笑って備えるのですが、今回は「笑点」放送3000回目となり、スペシャルゲストに今年3000回目のライブを予定されている「THE ALFEE」のお三方がゲスト出演されました。前半は大喜利風の「THE ALFEE」と「笑点」の意外な共通点を展開され、お三方もなかなか面白い解答を展開されていました。

 

そして3000回と「THE ALFEE」の出演を記念して製作された記念座布団がお三方に贈呈され、スペシャル企画は終了しました。
放送3000回の記念ですが、特に時間延長もなく、いつもの30分放送で、企画も前半の15分のみがいかにも「笑点」らしいですねw
 
そして後半の大喜利では前半終了時の予告通り、「THE ALFEE」の高見沢さん愛用のギターが搭乗し、メンバーも還暦を迎えたバンドに扮して観客と一緒に大喜利を盛り上げていました。
「笑点」放送の3000回目、今後も見続けたいと思いますが、次の4000回までには1年を52周として計算すると、約20年後になります。多分、生きていると思いますが、かなり先の話であり、「笑点」は1966年の放送開始から実に60年(3000回)も続いている「超ご長寿番組」の凄さを改めて実感しました。
これからも日曜終わりの清涼剤として続けて欲しいと願っております!
でわでわ
 

大好きな5000系関連の商品をピックアップ!

トートバッグまであるとはw