E-smile まっつんの日常 -1523ページ目

□ 愛宕社

引き続き
尼崎市大庄西町1-41-25
にあります
西素盞嗚神社 境内

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次は 愛宕社

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中をのぞこうとしましたが 見れず残念

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次へ行きます~

次は元浜八幡神社

□ 西素盞嗚神社

楠霊神社
の次に訪れたのは
尼崎市大庄西町1-41-25
にあります
西素盞嗚神社

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入り口

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すさのお って色々な字があるのですね

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拝殿です

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案内板にはこう書かれてありました

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この辺の古代は地理的な条件から海域時代が長く
奈良・平安期の頃 漸く砂州から陸地がつくりだされました

尼崎地方の中で比較的遅く開発され 西新田と呼ばれました
素盞嗚神社は新田の氏神社として祭祀されたのです

江戸時代まで牛頭天王社ともよばれていましたが
明治の制度により現今の社名が定着します
明治の頃まで 「あばれ川」 や 「人喰い川」 など恐れられてきた
武庫川の度重なる氾濫は 後世の各村文書である
正徳2年 (1712年) や元文5年 (1740年) の記録にもみられるように
流域の被害は大きく 洪水からの鎮護をこめて 当神社の境内にも
元文3年 (1738年) の鳥居や寛保2年 (1742年) の燈篭が
建立祈願されたものと窺われます

現在の社殿は大正3年 (1914年) に債権された瓦葺きから
平成4年 銅板に葺替えられました
氏子の赤誠により境内の整備と共に平成の大造営が成されたのです

次は愛宕社

□ 楠霊神社

道意神社 摂社
の次に訪れたのは
尼崎市武庫川町4-23
にあります
楠霊神社

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神社前です
通行量がかなり多くてビックリ

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楠霊という名の通り
大きな楠木があります

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どーん
こんな感じ

樹齢何百年でしょうか
すごく大きいです

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楠木の下に小さな お社

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ちょっとほっこりしました

次は西素盞嗚神社

□ 道意神社 摂社

引き続き
尼崎市道意町5-17
にあります
道意神社

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次は 赤い鳥居さん

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狐さんがいらっしゃるのでお稲荷さんだと思いますが
皇紀2600記念もあります
ごちゃまぜなのかなぁ~

次は楠霊神社

□ 道意神社

琴浦神社
の次に訪れたのは
尼崎市道意町5-17
にあります
道意神社

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鳥居です

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酒樽みたいなのがありました

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拝殿です

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中をのぞくとこんな感じ

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左手側

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

右手側

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案内板にはこう書かれてありました

承応2年 大坂海老江の人 道意翁当地を開拓し
間もなく郷里の八坂神社を勧請し御鎮座

寛文9年頃は牛頭天皇とも称されたるも
現在は素盞嗚尊を祭神とし今日に至る

昭和10年中浜新田素盞嗚神社を
宮地区劃整理に伴い当地に合祀せり

次は道意神社 摂社

□ 琴浦神社

愛敬三社
の次に訪れたのは
琴浦町

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兵庫県尼崎市琴浦町21
にあります
琴浦神社

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境内へ入っていきます

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おっ 拝殿が見えます

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こちらが拝殿です

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参拝中

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中は見えませんでした

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案内板にはこう書かれてありました

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この神社は 源 融公が祭神としてまつられています
かれは嵯峨天皇の皇子で その邸宅京都六条の河原院に
陸奥の塩釜の風景を模して庭園をつくり
毎日30石の潮水をここから運んで
塩を焼かせたと伝えられています

また 海岸の風景が 他所より勝れているので 
異浦とよばれたともいわれています

平安初期ごろ 京都の貴族との密接な関係が
これらの伝承からも推定できます

当社に奉納されている絵馬
「源融六条河原院の図」の部柄をもとに
大庄地区会館の緞帳が製作されました

また 潮汲みについては
潮江地区にもまったく同じような伝承があり
興味深いものです

次は道意神社

□ 愛敬三社

市庭戎社
に引き続き
尼崎市西本町6-246
にあります
西本町 貴布禰神社 境内

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次は 愛敬三社

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案内板にはこう書かれてありました

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尼崎の旧藩主・櫻井家に御縁の深い神様です
宝暦4年に松平 忠名公 の命により御造営され
宝暦8年に京都白川殿において
御神号が授与されました
鎮座以降 旧藩時代は藩主の御参拝や
御代参をいただきました

次は琴浦神社

□ 市庭戎社

白龍大神
に引き続き
尼崎市西本町6-246
にあります
西本町 貴布禰神社 境内

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次は 市庭戎社

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お社です

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案内板には こう書かれてありました

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古い歴史をもつ門前町であることを示す 「市庭町」
(現在の東本町3、4丁目一帯の旧称)の産土神です

かつては貴布禰神社 の例祭における 陸渡御・船渡御の
御旅所として祭りの東の拠点でした

大正4年より貴布禰神社 に遷座して境内社となっています
商売繁盛・社業繁栄の祈りを込めて御参拝下さい

次は愛敬三社

□ 江 #10 わかれ

江 #09 義父の涙
に引き続き第10話

母の女の戦は終わった

父の思いを・・・・
絆となって・・・
織田家の誇りを・・・

おのおの持って生きよ

場所や時は違えど同じ場面
何度見ても別れとは辛きものですね

親は最後まで子を想う心
すごいです

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次は 江 #11 猿の人質


ドラマ感想一覧
NHK大河ドラマ 江~姫たちの戦国~

□ 白龍大神

白波稲荷社
に引き続き
尼崎市西本町6-246
にあります
西本町 貴布禰神社 境内

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次は 白龍大神

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お社内はこんな感じ

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

こちらにも案内板がありました

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松本運輸倉庫株式会社を始め
大光商事株式会社、新光運輸株式会社、新東運輸株式会社
ダイヤ自動車工業株式会社、株式会社 泰成
の社業と安全を祈願して
先代社長 松本 太一郎っが永年に亘り
各社の守護神として奉斎してきた
白龍大神を此度 貴布禰神社 の末社として
地域の発展と家内安全商売繁盛をも併せ願って
この良き地をトし永遠に鎮座され
その御神徳を変ることなく 垂れ給うように祈願するものである

次は 市庭戎社