大阪ガラス発祥之地碑
大阪府大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮 正面西側にある碑
大阪ガラス発祥之地碑
1979年(昭和54年) 大阪硝子製品協同組合の設立30周年を記念して建立された
日本にガラスが伝わったのは, 1549年(天文18年)に フランシスコ・ザビエルが
大内義隆に贈ったガラスの鏡や遠めがねなど ガラス製品の渡来がきっかけだとされる
やがてヨーロッパからガラス製品が輸入されるようになり,
長崎にガラス製法が伝わって日本でもガラスが作られるようになった
天満に吹きガラスの職人が誕生したのは, 播磨屋(本名:久米清兵衛)が
長崎へ行きガラス製法を学んで 天満へ来て玉屋を開き,
珍しい色のガラス玉細工を始めたのが最初で,
日本のガラス工業界は実質的に大阪が始まり言われる
安永~文化年間(1772年~1818年)には 大阪・天満は日本一のガラス製造都市となったが,
天保以降になると 次第に江戸にその地位を奪われていった
天満のガラスは 昭和の時代まで続き, 戦後の初め頃はまだ健在であったが,
その後は公害問題や産業構造の変化により衰退し,
現在は ごく限られた数のメーカーなどがあるに過ぎない
この場所からガラスが・・・
すごいですね~
長崎にも少しの間いたことがあるので
ガラスって好きなんですよね~
大阪天満宮 正面西側にある碑
大阪ガラス発祥之地碑
1979年(昭和54年) 大阪硝子製品協同組合の設立30周年を記念して建立された
日本にガラスが伝わったのは, 1549年(天文18年)に フランシスコ・ザビエルが
大内義隆に贈ったガラスの鏡や遠めがねなど ガラス製品の渡来がきっかけだとされる
やがてヨーロッパからガラス製品が輸入されるようになり,
長崎にガラス製法が伝わって日本でもガラスが作られるようになった
天満に吹きガラスの職人が誕生したのは, 播磨屋(本名:久米清兵衛)が
長崎へ行きガラス製法を学んで 天満へ来て玉屋を開き,
珍しい色のガラス玉細工を始めたのが最初で,
日本のガラス工業界は実質的に大阪が始まり言われる
安永~文化年間(1772年~1818年)には 大阪・天満は日本一のガラス製造都市となったが,
天保以降になると 次第に江戸にその地位を奪われていった
天満のガラスは 昭和の時代まで続き, 戦後の初め頃はまだ健在であったが,
その後は公害問題や産業構造の変化により衰退し,
現在は ごく限られた数のメーカーなどがあるに過ぎない
この場所からガラスが・・・
すごいですね~
長崎にも少しの間いたことがあるので
ガラスって好きなんですよね~