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「DANKAIパンチ(飛鳥新社)」第五号 特集「VANの黄金時代」の鼎談「我が青春のヴァンヂャケット」で
ポスター「繪本あいびいりいぐ あいびいすたいる様々」の製作経緯が語られています。
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くろすとしゆき:穂積さんアイビー坊やを書いたのはいつ?
穂積和夫   :これが、はっきりわかんない。僕は63年だと思っているんです。
くろすとしゆき:VANがポスターにしたのは、穂積さんが展覧会に出したイラストの残りをもらって、勿体ないからつかおうってやったんだよね。
穂積和夫   :残りをもらってというよりも、僕が絵を石津先生のところに持って行って、これを展覧会に出したんだけど、「僕が絵を持っててもなんだから、おたくの社長室の壁へでも貼って下さい」と言って。そしたら、翌日祥ちゃんから電話があって、「ポスターにする」って。
くろすとしゆき:B全ぐらいのポスターにしたんだっけ。
穂積和夫   :B全じゃないよ。もっと小さい。それで、原稿料ってのもなんだから、倉庫へ行って「好きなもの、何か持ってって」と言われた。で、僕は黒の六つボタンをもらったんだよ。
司会(能勢)  :四つボタンではなく、六つボタンを。
くろすとしゆき:そんなの、あったっけ。
穂積和夫    :あったの。ところが、それを今持ってないのが悔しいね。いま持っていたら、大変なもんだよ。
くろすとしゆき:そんなもの作ったっけなあ。
司会(能勢)  :穂積さんは、VANに六つボタンの商品があることを認知されていて、このポスターを描かれていた?
穂積和夫   :そうじゃないんですよ。その前から、アイビーダブルっていう六つボタンがあるっていうのを知っていたわけです。
石津祥介   :そうです。着ていたもの。
くろすとしゆき:おれはオーダーで作って着たんだ。元ネタは、穂積さんの「メンズクラブ」のイラスト。
穂積和夫   :そう。僕の元ネタは「メンズウェア」。アメリカのファッション雑誌。
くろすとしゆき:「メンズクラブ」に書いてたよ、その六つボタンを。下にチェックのパンツなんか合わせていたような気がする。
 
ポスターのサイズについては手元に在るものを測りましたら縦78cm横54cmでB2(72.8×51.5)に限りなく近い大きさでした。
*「黒の六つボタン」は上段右から二人目の「两前あいびい黒紋付ぶれざあ上衣」です。
 
この鼎談は2007年2月9日東京神田駿河台に在る「山の上ホテル」で 行なわれました。
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『ノーフォークジャケットにラムズウールのカーディガンとタッタソールのボタンダウンシャツを合わせて
秋深まる京都を一日中歩いてみたい』のコピーが目にとまった
Free&Easy12月号に掲載された新々株式会社ヴァンヂャケットの広告です。
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会社名を新々株式会社ヴァンヂャケットとしましたのは
新株式会社ヴァンヂャケットが1980年12月3日に復活しましたが
2000年になってブランドの総合プロデュース権が別法人に移り
2012年9月1日にはその別法人から代表取締役を迎えた事からの表現です。
実は旧株式会社ヴァンヂャケットにも
旧々株式会社ヴァンヂャケットが存在したのですがご存じの方は少ないようです。
 
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「VAN BROTHERS」は1971年F&Wまで展開し1972年S&SからはChop名を「VANBOYS」と変えて
「VAN MINI」「VAN」と共に対象年齢を明確にした展開での再始動を開始しました。
少なくとも1971年までは「VAN BROTHERS」のパブリシティーの雑誌として
ファッションのノウハウをこれからも「BLファッション」で教示して貰えるものと思っていました。
しかし突然の「ボーイズライフ969年9月号からの休刊」のお知らせが
1969年8月号に掲載され惜しまれながら「ボーイズライフ」は休刊と成りました。
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「VAN BROTHERS」を中心としたファッションページはこの時から無くなってしまいました。
 
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