テレサ・テンの声
昔からテレサ・テンの声が好きだった。彼女が歌う日本語の響きはどこか異邦人の美しさがあった。
内部の外部とでもいうべきであろうか。あるいはそこに留まりつつも通過してゆく矛盾の相克が結晶化しているかのような声だった。彼女が切々と女の恋心を歌い上げる時に我々はその言葉の深さを通じて日本的なるものの深層に触れていたのだと思う。テレサの美声は国境を越えているがゆえに図らずもナショナリズムの本質を現していた。歌ではなく、テレサの声そのものに私は偉大さを感じる。歌手の声とはその人の魂そのものでもあるのであろう。そしてテレサ・テンという存在はその声の偉大さゆえに政治に翻弄されることを運命付けられていたのかも知れない。
1995年5月、テレサ・テン(本名、鄧麗筠テン・リジュン)はタイのチェンマイで死亡した。噂ではテレサは台湾国民党の諜報活動を行っていて、1989年の天安門事件後、中国の民主化運動に傾倒し過ぎたために中国共産党によって暗殺されたという説がある。
もう一つの説はテレサの死は偽装であって現在も生存しているというものである。どちらもゴシップ的な流言蜚語の域を出ない情報なのかも知れないので真偽のほどは定かではないが、私は決して荒唐無稽のあり得ない話しではないと思う。また個人的には、後者の方が可能性が高いように考える。
中国共産党から命を狙われていたテレサはタイ、チェンマイのホテルに3ヶ月以上も滞在し変わり身の死体と自らが別人となるために整形外科医を準備していたのだという。その後、偽造パスポートでフランスに渡った可能性があるというのだ。テレサは1995年5月8日、恋人のフランス人カメラマンとタイ・チェンマイのホテルに滞在していた時に気管支喘息が原因で急死したとされている。(ミリオン出版『死の真相』文、片岡“幻”亮)
もし真実であれば映画を地でいくような話しではあるが、私は個人的な希望としてテレサには今もどこかで生きていてくれればと心より願う。
そしていつの日かテレサが歌うあの偉大な声をもう一度聞いてみたいものである。そのようなことを考えながらテレサの声に秘められた国境を越える力の根源を探るようにして、私は何度も彼女のCDを聞き返している。
私もテレサの声のように力のある詩を書いてみたいと思う。
泣き出してしまいそう 痛いほど好きだから
どこへも行かないで 息を止めてそばにいて
身体からこの心 取り出してくれるなら
あなたに見せたいの この胸の思いを
『別れの予感』 (作詞 荒木とよひさ)