【経営者講座】
メディアトレーニング①
経営幹部のコミュニケーション
スキル向上と社内広報体制構築
危機対応・広報コンサルタント 山見博康氏
企業が抱える危機が多様化し、複雑化している。こうした危機を未然に防ぐことはもちろんのこと、近年さらに重要性を増しているのが、危機が発覚した際のメディア対応を柱とする広報の危機対応だ。メディアを通して社会にどのように広報するかで会社の姿勢が問われ、対応を誤れば会社の存続さえ脅かされかねない。会社の広報力を向上させるためのメディアトレーニングについて3回に分けて解説する。
第1回 経営幹部のコミュニケーションスキル向上と社内広報体制構築
Ⅰ.広報の本質は、会社を情報で司(つかさど)ること
会社を人の体に例えるなら、トップは脳、社員は指先である。各関節に管理職が陣取る。トップが不正を働けば、社員の行く方向は危うい。トップが緩めば社員はもっと緩む。経営者は常時自らを点検し、決して根を腐らせてはならない。
そして企業の顔が広報だ。「広報とは、適切な情報交通で会社を司ること」が本質である。広報でまず考えるべきことは第一義的に「To be good」(いかに善くあるべきか!)を決め、次に「To do good」(いかに善く行うべきか!)である。この順序が大切だ。なぜ「司る」のか? 統率・統括には「倫理感」「道徳観」や「徳」が要るからだ。そのためには見えない情報をも見ようとし、聞こえない情報をも聴き、微かな臭いでも嗅ぐ必要がある。
人は目指す人間像に向かい、社会規範や法律に従って行動する。日々為すべきことに沿い身だしなみを整える。一方、会社はビジョンに向かい、社員は方針に従って言動し、その間少しでもよく見せようとする。
しかし過度の厚化粧は、自分の詐称であり、書類の改竄(かいざん)、更には粉飾決算、偽装を導く。逆に過度の薄着は情報漏洩と同じ。どこまで見せるか隠すかに会社の有り様が露呈する。
昨今の企業不祥事におけるメディア対応姿勢を熟視すれば、その企業の真の志がわかろう。
Ⅱ.危機の本質とは
危機には経営上の不安、社員の不祥事、品質欠陥、セクハラ・過労死等の人事問題や天災もあるが、人智の及ばないものはほとんどない。天災も備え不十分だと人災になる。トップの言動はすべて危機の芽である。
例えば売上高100億円の企業が、達成「確約」と強く出れば「未達のリスク」が、「目標」とすれば「弱気と解されるリスク」が生ずる。
そして、すべての社員の日々の言動も危機だ。
店頭でひと度、礼を失すれば、顧客は“黙って”去って行く。評価・評判の下落は、投資家を遠ざけ、記者の筆を“鈍らせる”。
Ⅲ.危機対応の基本
危機発生!「五つの直」を実践せよ
危機への真の事前対応とは、記者対応の巧拙ではない。重要な経営情報を全社的に司り、言うべきことを社内外に伝達・公表する仕組みや社員に出来心を起こさせない仕組み作りである。
まず、危機の予測と対策を入念にし、緊急連絡網や危機対応マニュアル作成を行う。ただし危機を“管理”しようとする会社は失敗する。危機とは“対応”するものだ。
危機が起きたら「五つの直」がキーワードだ。
①トップへ「直報」する、
②現場に「直行」し、直ちに行う、
③事態を「直視」し、隠蔽や改ざんを防ぐ、
④互いに「直言」し、現場からの情報を統率、「公式見解」(プレスリリース)+「Q&A」を作成する、
⑤「率直になる」(社内にその社風が前提)。そして、①に戻り、マスコミと一般に「直報」する。常に情報公開姿勢を貫き「発言を一つに、一人に、一元化」して的確に対応する。
一斉発表(記者会見)とは、過ちを犯した企業(人)がその原因等を世間に表明する場である。
そこで〝本当に〟 誠実な企業(真人間(まにんげん))であるか、〝本心から〟どんな企業(人)を目指すかがわかる。言われなくても率先して記者会見し、企業の姿勢を示すことで、企業の人格間性や品性の高低が如実に表れる。
「Q&A」の重要性を認識せよ!
一般に「プレスリリース」に注力するが、実は「Q&A」に企業のあり方が露呈する。「情報開示」とはすべてをさらけ出すことではない。「ウソをつく」とは、明らかにすべきことを、明らかにできるのに、明らかにすべき時に、明らかにすべき人に言わないことである。
トップが指示したことを、社員が勝手にやったなどと言い逃れすることがその一例だ。これを防ぐにはQ&Aを万全に作り、3つに分けることが重要だ。
①訊かれなくても、言う(明らかにす)べきこと、
②訊かれたら、言う(明らかにす)べきこと、
③訊かれても、(今は、まだ)言えないこと。
これらを「峻別」し、トップの「承認」を得て、関係先に「徹底」する。この不出来ゆえに「ウソにならざるを得ない」のだ。
危機収束時の留意点
危機収束に際するポイントとは次の通りだ。
①謝罪の表明、
②原因究明結果、
③再発防止策、
④被害社(者)への補償、
⑤経営への影響、
⑥責任の所在と責任者の処分、
⑦信頼回復策
危機に臨む経営の心得
メディアは協力者である
危機の状況を最も早く知らせるべき人達はステークホルダーや社会の人たちである。どんな場合でも「本当は一人一人に即刻連絡すべきだが、同時に同様にはできないから、メディアの協力を得る」という姿勢を堅持する。メディアは顧客の代表者だ。記者の顔を最重要顧客に見よ。すると「私は寝てないんだ!」はあり得ない。
だからこそ、記者会見は率先して受けて立ち、逃げない。先手を打って統率、言われる前に記者会見をする心構えが必要だ。記者会見での対応では、誠実が誠実を生む。
誠実な姿勢と迅速・臨機応変な対応は、「反感」を「好感」に、「対立」を「協力」に変え、「疑念」「不信」「不安」を「払拭」し、事態を「好転」させることにつながる。
情報への感性を研磨せよ
危機を生む土壌は情報への感性を研磨することで防げる。そのキーワードとは、
▽「まさか(うちの会社に限って)」から「ひょっとしたら(うちの会社も)」▽「そんなばかな」から「そんなところまで」
▽「何とかなる」から「何とかする」である。トップにおもねる内向き企業には、いつしか〝直言しない風土〟がはびこる。
「直言も“時には辞さぬ”誇りと勇気、言うべきことを、言うべき人に、言うべき時に断固言うべし」を全社員がモットーとしなければならない。たとえ、首筋に寒さを感じようとも。
経営はすべて“人間”の営みである。不祥事企業トップの「コンプライアンスを遵守して…」という謝罪の言葉は「人間教育を行い、もっと真人間になります!」という不退転の決意の表明であって然るべき。「法律だけを守る人間は〝倫理的異常者〟」(ジンメル)である。
トップは「私は知らなかった」ではすまされない。「或ることを為したために不正である場合のみならず、或ることを為さないために不正である場合も少なくない」(アウレーリウス)のだ。“不作為の罪”の存在を忘却すべきではない。
最上の危機対応は、善なる会社(社員)作り
長期的に最上の危機対応とは、善なる会社(社員)作り。悪い情報を上げない・上がらない〝悲しい企業風土〟にしないことだ。一人一人が「広報パースン」となり、危機意識を共有し、日々実践すべし。
「万物の徳を報ぜざる者は、
日夜万物の徳を失ひ、
万物の徳を報ずる者は、
日夜万物の徳を得る」(二宮尊徳)
との言葉を肝に銘じたい。