2006年6月19日(月)フジサンケイビジネスアイ危機管理・コンプライアンスに関する投稿記事です。
従業員の多面観察調査
縦割り式評価からの脱却
最近、道に反するモラルなき事件が多いことを憂える。姉歯建築偽装事件では、目先検査さえ合格すればという無責任主義が横行し、ライブドアや村上ファンド事件のように、計算力さえ秀でればマネーゲームは必ず勝つ、儲けがすべてと小学生にまで「株」を教えるような風潮が大手を振る。この辺で、数字に強いとかだけの“無情”人間よりも、他人への配慮にも篤いバランスのとれた“有情”人間を尊重すべきときに来ているのではないか。
そのためには、人を多面的に見て長所を活かす必要があろう。社員への多面観察制度をいち早く取り入れ、効果的に実用しているのが神戸製鋼だ。
同社は、70年に慶応大学と共同開発した「適性観察調査」を導入した。これは、企画職5千人の中から、係長から部長クラスまで、それぞれの資格取得後2-3年を経た1200人程度を抽出して行う。相互に多面評価することによって、適性をできるだけ正確に把握し、本人の意向も取り入れ、主に効果的な配置転換に利用しようというものである。通常5-6年に1回の割合で実施する。リスト上の対象者は、自己評価をし、その人を知る多くの人から評価されるが、偏らないよう親密度によって評価点修正もある。質問評価項目は約20項目あり、テクニカルスキル(専門知識・技能)、コンセプチュアルスキル(企画力・洞察力)、マネジメントスキル(リーダーシップ・調整力)、ベーシックスキル(責任感・活力)という四分野に分かれている。現在1人の被評価者に対して平均40名が評価し、その集計結果を全社平均との乖離(かいり)が解るように円グラフにして、その凸凹を見る。
そのデータはライン部長に渡され、上司との個人面談を通じて本人にフィードバックされる。また、専門性に優れた面があるのに活かされないポジションにいるケースや、多くの人がリーダーシップの優秀性を評価しているのに実際に生かされていないケースでは、次の配置転換でそれを考慮に入れることも可能だ。
この調査は、給与などの処遇に直接反映はされないが、本人のプロフィルが浮き彫りにされることから、自己申告に加えて、主に配置転換の判断材料として有効に機能している。もちろん間接的にはライン長が人事考課の一部として使う場合もある。
多面観察を実施する会社は他にもあるが、神鋼のように上下左右観察自由という制度を実用化し、長年効果的に利用している例は珍しい。
人事労政部中川浩二課長は「人物評価は管理職の大きな役割の一つ。評価する方も評価されるので、真剣になるとともに、本人の向上育成のために誠意をもってより的確に見ようとするようになる」とその意義を語る。
人の評価については、建築学者、小原二郎氏の著書『木の文化』の中に正鵠を射た言葉がある。少し長くなるが紹介したい。「木材は、強度や耐久性といった物性の比較では鉄やコンクリートなどと比べ最上位にはならず平均して三位から五位。一番上位のものを最優秀とみなす縦割り式評価法ではなく、中位でもバランスをとって横に広がりをもつような材料にも良さがある、という新しい横割式の評価システムが採用されない限り、木材のよさは浮かび上がってこない。
これは人間の評価方法の難しさと似ている。数学とか理科とかいう一つの軸で人間を縦割りにして、その能力が高ければ、それが優秀な人材だという評価法は疑問がある。今の社会では、縦割りで優秀な人たちが指導的役割を占めているが、実際の世の中を動かしているのは、各軸ごとの成績は中位でもバランスのとれた名もない人たちではないか。そんな人は人間味豊かで親しみ易い。頭のいい人は確かに大事だが、バランスのとれた人もまた社会の構成上欠く事のできない要素である」
会社は土壌、社員は木々だ。どんなにITが発達しても、物事はすべて人が動かすことを忘却すべきでない。「人間の中にある才能はどれも、それぞれの木と同じく、めいめい固有の特性と効用を持っている」(ラ・ロシュフコー)のだ。
人の特性を観てその有用性を適材適所に活かし、いかに有機的に組合せ、一丸となって長期的ビジョン達成を目指すかが経営の要諦であろう。
「人間の幸福は自己の優れた能力を自由自 在に発揮するにある」
(アリストテレス)