タナベ経営「経営速報」06年3・5号「企業の広報戦略」連載第一回

中堅中小、ベンチャー企業よ!
率先して「広報担当社長」になれ

1.広報の知識がない経営者たち

 広報は、広義ではパブリックリレーションズ(PR)と呼ばれ、狭義ではパブリシティといわれます。
 では、企業にとっての広報とは、どのように定義すればいいのでしょうか。
 一つの定義としては「企業広報とは、企業が企業自身や製品・サービスなどに対する社会からの好意と信頼を維持するために、その政策および行動のなかで企業の哲学を専門的なコミュニケーション技術によって表現していく機能」(『企業広報の手引き』堀章男著)となっています。一方、PR協会では「多用な公衆との間に継続的な信頼関係を築いていくための行動」と定義しています。
 しかし、いずれにしてもそこには「経営」という言葉は見当たりません。
私は大企業で広報を長く担当した後、経営コンサルティング会社に出向し、多くの中堅中小・ベンチャー企業経営者にお会いしました。そこで、会社そのものや自社商品・サービスの知名度が低いことによりマーケティングがうまくいかない悩みをもつ経営者が多いことがわかり、企業広報セミナーを開いて具体的なやり方をお話したり、個々には広報アドバイザーとして多くの経営者に「記事にしてもらうこと」の実践的な指南をしてきました。
 
そうした経験から中堅中小・ベンチャー企業には次のような共通点があることがわかりました。

良いニュース素材(ネタ)を持っていながらその価値を見過ごし記事にもなっていない。
広報と広告宣伝を混同するなど「広報」に対する知識、経験がない。
広報に力をいれたくてもその方法がわからない。 

 規模が小さくても企業として立派に存続している理由は、それぞれが優れた技術・ノウハウを保有しているからです。つまりニュース素材を必ず一つはもっていることになります。さもなくば生きているわけがありません。
 ところが、ほとんどの経営者は広報について知識がなく、問題意識も希薄なので、せっかくいいネタを持っていながら記事化していないケースがあまりにも多くもったいない状況なのです。
 私は、現在も多くの中小企業経営者に実践的な広報指南をしているわけですが、その際、声を大にして強調しているポイントは、「広報担当社長になれ!」ということです。つまり、従来の広報の定義に捉われず、「広く会社のことを報せること・知っていただくこと」として「広報は経営そのもの」と唱道しているのです。

2.ビジネスの本質・広報の本質を掴め! 
 それでは、なぜ広報は経営なのでしょうか?
 製造業を例にとると、一般に企業活動というのは原材料を仕入れて何らかの付加価値をつけ、それを商品やサービスの形にして販売し、利益を得ます。そして、それを再投資に回したり、従業員の待遇改善に使ったり、内部留保にするという一連の流れで成り立っています。付加価値をつけるとは、メーカーの場合は加工や製造であり、販売会社であれば、多方面から商品を集めて配送することであります。
こうした仕組みは、トヨタやキヤノンあるいは三菱商事のような世界的な大企業であろうと、零細企業や中小・ベンチャー企業であろうと、原理はまったく同じであり、このサイクルを回すことが経営なのです。
 そこで、付加価値をつける、言い換えれば「価値作り」から、商品・サービスの形にして「売る」というプロセスの途中には、ある重要な企業活動が存在していることに気がつかなければなりません。
 例えば、石焼きイモの行商人は、農家でイモを仕入れ、焼いて焼きイモにします。つまり、価値を高めて商品にし、町へ運びます。最初は知人等に訪問販売もしますが、「石焼き~イモ!」とスピーカーで叫んでいます。この「叫ぶ」という行為は、実は多くの人に「報せる」ためなのです。つまり買い手は、どんな人でも知らないものは(絶対に)買えないのです。売り手が、報せなければ買っていただけないものなのです。
 従って、売る前には必ず「報せる」という行為が不可欠になります。消費者・生活者に「広く報せる」=「広報」は、売るための補助手段ではなく、あくまで「経営の一部」であることを肝に銘じなければなりません。
世界のビジネス界の思想家ドラッカーは、「企業の目的は顧客の創造であり、その維持である。事業が何かを決定するのは、顧客である」(『経営の哲学』)と明快に述べています。どんな時代でも生活者に的確に報せる能力が顧客を増やす原動力であり、その優劣がライバルとの競争に勝利するのです。広報の能力=成長の能力と捉えるべきでありましょう。
 生活者が知らない企業は存立することが難しいのです。企業のビジョンや理念、方針、戦略などを、適切に、タイムリーに報せなければ判ってもらえない。企業のイメージアップやブランド力の向上も、そのベクトルの上にあることを認識する必要があります。
 情報の高速化・グローバル化が進展している今日、さらには価格・品質・顧客嗜好などの価値観が多様化している時代においては、広報の役割を漠然と捉えていたら企業は相対的に衰退することは明らかです。
 
 構造改革が進み、規制が緩和されて異分野・異業種からの参入が容易になると、競争は一段と激しさを増しています。そして、激しさを増せば増すほど、広報の重要性はますます高まるのです。それだけに、「広報は経営の一部」という意識をしっかりと持ち、企業情報を適時・的確に報せて、タイムリーに記事化あるいはニュースとしてメディアに報道してもらうというスタンスを持つことが、何よりも求められています。

 メディアにおいても、大企業一辺倒から中小・ベンチャー企業関連ニュースの充実を図るメディアが多くなっています。これからは「知らせる能力」あるいは「知っていただく能力」の高い中小企業が伸びていくのです。つまり自分の価値を正しく伝える努力を継続する企業が目立ってくるのであります。
このように、広報力の向上がそのまま経営力の向上に直結するのですが、その第一歩とは率先して「広報担当社長」になることを肝に銘じることです。
次号から、具体的にどんな風に進めるのか実践指南いたしましょう。