日経広告研究所機関誌「広研レポート」
連載「実践戦略広報」第一回
イメージはつくられる
知っているつもりでも…
一九七六年七月、私はカタールからの帰国の途についた。それまでの二年間、神戸製鋼所と現地との合弁事業、カタール製鉄のプロジェクトに従事していた。帰国後の辞令は秘書室広報担当係長。東京本社に顔を出すと、上司の課長に別室に呼ばれ、突然、「山見君、イメージとはどんなことか判るかね?」と聞かれた。
戸惑っていると、「石原裕次郎をどう思うかね?」と追い打ちをかけられた。私が「好きな俳優の一人ですが…」と答えると、「君は実際に裕次郎に会ったことがあるのか?」と問い詰められる。「会ったことはありませんが、テレビや映画で知っています」と反論すると、「山見君、そこが肝心なんだよ」と即座に言われた。
そして、以下のような話をしてくれた。一般の人たちは、政治家やスポーツ選手、俳優などをよく知っているつもりでいる。しかし、それらは新聞やテレビなどのマスコミを通じて得た情報が元になっている。だから、知っているつもりになっているだけで、勝手にこんな人だろうと想像し、自分なりのイメージを作り上げているに過ぎない、と。
確かに、歴史上の人物を考えてみても、織田信長や徳川家康、吉田松陰、西郷隆盛などについて、ほとんどの人は彼らがどんな人物か思い浮かべることができるだろう。ところが、誰一人として実際に会ったことはない。それなのになぜ、イメージがすぐにわくのか。それは学者や作家が書いた書物や映画などから人物像をイメージしているからである。
学者や作家も当時の文献や自筆の手紙などからイメージを膨らませており、必ずしも真実だけでなく、虚像の部分も混在している場合がある。例えば、明智光秀は本能寺で織田信長を奇襲したため、悪い人物のように書かれることもあるが、本当にそうだったかはわからない。当時の文献が定かではないのだ。
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マスコミ報道に影響を受ける
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これで判るように、我々は過去に書かれたものやそれを元に映像化されたものを、新聞や雑誌、あるいはテレビや書物などのメディアを通じて知り、それぞれ勝手に人物像を作り上げているのである。
マスコミにしばしば登場する有名企業についても、同様なことが言える。例えば、ソニーについてはすぐに「世界初が多い」「若い」「躍動している」…といったイメージが浮かぶだろう。トヨタだったら、カンバン方式による生産体制や、プリウスという環境にやさしいエコカー、高級車レクサスなどがたちどころに浮かぶかもしれない。事業内容については深く理解されているし、企業イメージは明確である。最近は、楽天、ライブドアなどの新興企業についてもイメージは定着してきた。これもマスコミ報道によるものだ。
もちろん、良いことばかりではない。磐石の一流イメージだった雪印乳業の「スノーブランド」は、食中毒事件で顧客の信頼を失い、営々と築き上げてきたブランドは一夜にして崩壊した。多くのマスコミ報道によって企業存亡の危機に立たされ、その後の信頼回復に多大なエネルギーを必要としている。
このように企業イメージもマスコミによって作られる。逆の見方をすれば、「イメージは作ることもできる」ということである。広報に携わる者は、このことを肝に銘じておかなければならない。マスコミを利用して意図的に良いイメージをつくることも、逆に悪いイメージをつくることも可能なのである。
かくして私の広報人生は、この「イメージとは何か」「イメージの大切さ」という理解からスタートし、すでに二十五年以上も経過している。その体験から学んだことを、次回以降、実践的に紹介していきたい。