フジサンケイビジネスアイ06年1月号に投稿したものです。

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「仕事の報酬」

 人は何のために働くのか?それは、何時の時代においても大きな課題である。仕事は何らかの報酬を産み出す。それぞれの職業で、それぞれの立場で、それぞれの人生の時々において、仕事の報酬は様々に変化する。そしてその多寡や質が仕事への引力として人を動機付ける。

 “仕事の報酬”とは何か?それを明確に自覚することによって職務遂行への義務・責任が生ずる。その把握の食い違いや考え違いによっていろんなトラブルが生じる。仕事への対応の取捨選択は、将来の危機への対応でもあるのだ。

 第一段階:金銭的な報酬

 金額の多寡はあるが、仕事の報酬は短期的には「お金」だ。組織であれば自給・日給・月給として支払われる。またある仕事の完結の対価としての報酬もある。しかし、ビジネスの永続性を慮(おもんばか)れば、お金は一過性の報酬に過ぎない。一時的な大金も、その後の仕事が無ければいわ
ば手切れ金、ビジネスの永続はできない。この報酬の追求には、常に危機が忍び寄る。

 第二段階:地位・役職の報酬 
 
 これは組織に属した場合の報酬のひとつだ。仕事を成し遂げるたびに評価され、その加減乗除によって、決められた地位・役職が付与される。しかし、社内競争に一喜一憂するその報酬は、業績や年齢により突如無くなる継続的な危機に晒される。オーナーには、社員の生殺与奪の権利はある
が、業績低迷や倒産によりすべてが皆無と化す危機がある。

 第三段階:能力向上の報酬
 
 腕を磨く喜びやミニ成功体験を積むことにより能力は飛躍的に向上する。どんな過酷な仕事も能力向上が実感できれば、あるいは高度な目標があれば忍耐できる。スポーツ選手は練習の苦しみを喜びにさえ感じる。本人の意思次第でどこまでも向上し、消滅の危機はない。能力が高度・拡大すれ
ばするほど危機は低減する。

 第四段階:自己成長への報酬                          
 人は何によって自己成長を見ることができるか?それは客観的にも主観的にも、仕事の出来栄え以外にはない。仕事の成功度合によって、自己の飛躍的成長が見える。スポーツの上達過程を見よ。成長が自他共に明確に分かる。その成長の歓喜がまさに仕事の報酬なのだ。それは危機の雨散霧
消を促し、いよいよ高揚する。

 第五段階:生き甲斐・心の満足への報酬                     
 仕事にやり甲斐を感じて、全力を尽くしその成果を実感できるようになるとより報酬の高度化が図れる。内面の喜びは何ものにも勝る。それはかけ算となって拡大膨張し、どんな危機も寄せ付けない。そして一切の危機から永遠に独立する。

 こうして報酬の高度化と危機の増大化は反比例する。高度な報酬の入手には、向上の意欲を基にした愚直なまでの基本練習・反復訓練が必要である。独創性への際限なき欲求が前進を促す。その強靭な精神が強靭な肉体を創る。知的労働も強靭な肉体なしには成就しないのだ。

 花村邦昭氏(日本総合研究所特別顧問)は、心魂の著『知の経営革命』において「経営とは付加価値連鎖の創出である。その連鎖は、顧客の顧客のその先の顧客・・・、最終的には消費者まで繋がっている。さらに組織内部あるいはすべてのステークホルダー、さらにはコンペティターも含めて社会の隅々まで広がっている。つまり、すべては知価共創の無限連鎖の
関係にある」と訓えている。
 「仕事の報酬は仕事」なのである。お客様に感動される仕事をすればよりよい、より高度な・より困難な仕事をいただける、その仕事こそがもっとも大きなご褒美、真の報酬ではないか! お客様に喜ばれる仕事は、多くの人が個人の知を「共有」し、それらを「共用」し、お互いに「共鳴」
してよりよいものを「共創」することによって得られる。“知=ナレッジの価値連鎖”が重要である。

 換言すれば“仕事のリピーター”が永続的な報酬なのだ。金銭の報酬はそれに従う。眼前の札束を狙う仕事にはいずれ悲嘆の時が待つ。永続的な報酬である仕事の甘美さが、その能力をさらに向上させ、心の愉悦となり、人生への生き甲斐へと螺旋(らせん)的昇華を遂げるのである。

 カール・ヒルティは「人を幸福にするのは仕事の種類ではなく、創造と成功との喜びである。仕事の動機は常に二種類ある。低い方の動機は名誉心・貪欲・生活維持の必要である。高い方の動機は、仕事あるいはそれに関係する人々に対する愛・責任感である。真に仕事に没頭する本当の勤勉
を知れば、人の精神は働き続けてやまない。これが仕事の報酬である。未来は働く人のものであり、社会の主人はいかなる時代にも常に勤労である」(『幸福論』)と諭(さと)す。

 年始にあたり、フリーターやニートという言葉の一般化を憂え、仕事への取組みそのものが危機への対応であることを心肝に銘じよう。
 そして、今立ち向かう仕事の動機が「愛」であるか? 
                       を凛然として自省せよ。