2005年12月5日(月)
「フジサンケイビジネスアイ」紙への
投稿記事です。
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「人が防ぐ」を最後の砦に
「大丈夫、生きている! 周りはみんなつぶれた!」
95年1月17日早朝6時(日本時間午後1時)阪神・淡路大震災の日、ミュンヘンのホテルにいた私は、テレビに映った高速道路や生田神社の倒壊に仰天し、西宮のワンルームに住む息子に安否確認の電話。一瞬つながりこの言葉の後すぐ不通になった。
今、国中を震撼させている耐震強度偽装事件により、多くのマンションやホテルが震度5でも倒壊する!と知り、十年前の出来事をありありと思い出した。
神戸製鋼からドイツに赴任前の93年、次男が関西の大学に入学した後、あるワンルームが気に入り、家賃が割高だが入居したいと言う。そこで案内した家主の「“鉄筋”入りなので頑丈ですよ」と自信たっぷりの態度にふと安心し、やむなく息子に妥協した。
そして2年後、M7の大地震が襲った。しかし大揺れはしたが、そのマンションだけはびくともせず、“鉄筋が息子の命を救ってくれた”のだ。
先月発覚以来、問題が急激に拡大し、遂には自殺者まで出たことは痛ましい。建築主・設計事務所・建築士・検査機関など官民がからむ事件を危機への備えの鉄則「三重の防ぐ」の面から検証する。
1.システムで防ぐ:IT活用により危機が起きない・起こさせない仕組みを構築すること。今回は、計算システムが国交省認定プログラムを正しく使った場合には計算途中経過の審査省略が可能だが、認定書添付がなければ検査機関は途中経過も審査が必要。しかし、これを怠った。
2.組織で防ぐ:組織や決済ルート変更も不祥事防止方法の一つ。今回、関連の会社がそれぞれ独立し、力関係の複雑さ・責任範囲の曖昧さが問題の肥大化に直結した。
3.人が防ぐ:最後は「人が」防ぐ以外にはない。どんなに高度・高額なシステムでも、どんなに完璧な組織でも当事者の“防ぐ意志”なしには機能しない。今回もっとも糾弾すべきはまさにこの点だ。関係者の責任遂行の意思は皆無に等しい。心中にある偽装・隠蔽の意図は見通すことはできない。いかに優れた機能でも無能と化す。儲かれば手段を選ばずといった風潮に、私は強い義憤と深い憂慮を覚える。最も重要な倫理観が欠如し、人間としてのあり方が問われているのだ。
藤原正彦氏は『国家の品格』において、武士道精神を復活させ、日本人本来の美点を取り戻し、品格ある人物・品格ある国家を造るべしと力説している。勝者が弱者を思いやる惻隠の情、卑怯を憎む心、自然や神に跪(ひざまず)く謙虚さなど日本人が代々受け継いできた情緒を復活すべしと説き、論理崇拝への傾きに警鐘を鳴らしている。人を騙(だま)し、他人を不安に陥れ、それで良心に恥じないのか?「問答無用」で守るべきものを守る価値観を養わなければならない。
ドイツの社旗学者ジンメルも、「最低限だけを守る人間は倫理的異常者だ」と、“法令順守=コンプライアンス”は単に最低のきまりに過ぎないと激白する。
近年、重視される企業の社会的責任(CSR)活動は企業の義務である。そ
こで私は「個人の社会的責任PSR=Personal Social Responsibility」の重
要性を主張したい。組織の構成員は社員ひとりひとり。CSRの根幹は常にPSRである。自らの責任で会社や社会のために何をすべきかを懸命に考え、自ら実行するのだ。CSRはその和であり、積なのである。
今年に入ってM5以上の地震が多発し、先月末も中国でM5.7の地震により8千人以上が死傷した。M5以上は真近いとの予感に住民の不安はいかばかりだろうか!
政府には、一日も早く安全な居住地への転居など、地震到来前に、住民の安全・安心を第一義とした最大限の支援を期待する。さらにこの問題の根は深く、ますます拡散の様相を呈している。この際疑惑ある物件を徹底的に検証して、責任の所在を明確にし、システム・組織の見直し、具体的
再発防止策の即刻実施を切望する。長期に亘る偽装隠蔽、それを見逃した官・民関係者の責任は計り知れない。“鉄筋削減は未必の故意にも相当する”のだ。悪人は外に出られず、善人(住民)は内に居られない。
危機管理とは、高雅なる倫理観と豊潤なる情緒をもって「人が防ぐ」ことを最後の砦とすべし。これをそれぞれの心肝にしかと銘じなければならない。
恥を知り、卑怯を憎むのだ。
「人知らぬ心に恥じよ恥じてこそ
遂には恥なき身とぞなりぬる」
(新渡戸稲造)