バリューインテグレーター(価値統合家)の
『至誠の咆哮』
今日のテーマ:「人を知る法」第38条
「よりごのみ」
人に向かっても、品物に向かっても、よりごのみの強い人は、完全慾の強いでもある。物事を完全にしたい、出来上がりを立派にしたい、有終の美を結びたいと思う人は何事にもいい加減な事が出来なくなるからである。
くそもみそも一緒にする様な人は決して物事を完全にはなし終えない。
気難しい様な人がかえって物事を几帳面に落ち度なくできるのは、いい加減が嫌いだからである。信用の出来る人達である。
いい加減が嫌いという人は、完全主義者でもある。妥協のない人は完全な仕事を成し遂げる人であるし、頑固でもある。
ところが余りそれが過度になると当然常識的な人ではなく、変人と見られる。
個人で物事を成就する人は、総じて、完全主義者、妥協しない人、非常識な人、変人、努力の人、・・・と見られる人達だ。
その例は枚挙に暇なし。イチロー、松井秀喜他スポーツ選手、芸術家、音楽家
作家等々、プロフェッショナルと呼ばれ大成した人は皆そうである。
唯我独尊で大半の人生を過ごし、極貧の中で一生を終えた人が、死後再評価され、今や世界の人を永遠に魅了し続ける存在になった芸術家も多い。
変人であること、非・常識人でしか超えられない坂、並のことをやっていたのでは、絶対に到達しえない領域・・・それを登り切り、やり切った人だけが、前人未到の天才になる。
高きを目指し、極める人は、総じて変人であると見ていい。
自ら好んだこと以外は拒絶する人は、強い人でもあり、妥協のない人であり、何かを為す人か、何も成さずに変人で終わる人でもある。
「何かを拒絶することは又、その拒絶のほう へ向って自分がいくらか譲歩することでも ある」(三島由紀夫)