『至誠の咆哮』NO.185
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第94条 呼吸を合わす 
 そっと呼ばれたら静かに近づき、陽気に大声で呼ばれたら元気な返事をするというように、相手の気分と呼吸を合わせる人は、なんとも言えず好ましい。考えのピントがぴたりと合い、感情の波がすぐ伝わり、適宜な相槌、暗黙のサインもぴっと勘づく、意気統合せずにはいられない。

間のびした返事、ずれた考え、ピントはずれの気転、奥歯に物のはさまったような物言いをする人と比べて、なんと水際立っているだろう。

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 人は「オギャー」と息を吐いて生れ、息を吸って死にます。死ぬことを、息を引き取る、というのはそのためです。生きるとは、息の出し入れ、つまり呼吸することと言ってもいいのです。

 その生きている証である呼吸を大切にする人は、家族仲良く安楽にし、多くの友人とも楽しく語らい、きっと仕事もよく出来、未来への希望に満ちて、日々の生活を豊かに生きている人でありましょう。

 最近、とても印象的なそして感動的な呼吸を見ました。それは、75歳という最高齢でエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎さんの呼吸です。
8000mと超え、最後の数百mのところで一歩一歩進む。それは身体を持ち上げていくという方があたっています。その時の、荒々しい息遣いには感動したものです。一歩一歩は一呼吸一呼吸と同じく、歩を進めなければ目標は達成できません。

「ふーーー、ふーーーー、ふーーー、ふーーーー」と長ぁーく、深ぁーい吸うと吐く。これ程、正しい呼吸はないと言っていいのではないでしょうか。そして、これこそ生きていると実感し、それを続けることが困難な人生を乗り越えていくことだ、と確信したのです。

 三浦さんが頂上で“吐いた”

   「涙が出るほど、
    厳しくて、
    つらくて、
    うれしい!」

は、世界の人々の心に響きました。

それに、以前、新聞記事で語った「(どんなに遠くても)一歩一歩進めば、必ず到達する!」には、胸が熱くなったものです。
 
エベレストという途方もない目標に挑むのも、何か事業を成功に導くのも、スポーツや芸術、芸能などで超一流の域に達するのも、一歩一歩進めばいいのです。いや、それしか方法はありません。膨大な数のくらげを採集して一つ一つ研究した成果が、今年のノーベル賞へと引導したのです。

 それもこれも、周りの人、周りの状況、周りの環境に「呼吸を合わせる」ことが大切です。

それでは、正しい呼吸とはどんなものか?
その最たるものが「座禅」における呼吸法ではないでしょうか。

坐禅では、座るにもっとも適する「息(そく)」とは、下腹部からゆっくり長く吐き出し、同じように吸い込むようにし、一分間に数回行う「呼吸を調える」ことです。

 「ゆったりと、どっしりとそして凛然とし、富士山が東海の天に聳え立つように座り、身体を安定させて、正しい呼吸をしていると、それだけで心と体との調和がとれて、全身心が、あたかもかげろうのようになり、呼吸とともに“出入綿々として存するがごとく、亡するがごとく”になってく
る」(大森曹玄『参禅入門』)のです。

これは、息をすることによって、身体と心の調和を図るためです。つまり、「呼吸を合わす」ことの本質はここにあるのではないでしょうか?

三浦さんは、エベレスト山上の地上の3分の1の酸素という薄い空気に呼吸を合わせました。
イチローは、打席に入り、バットを垂直に立て、右手でユニフォームの肩をつまみながら息を調え、打つ構えを仕上げます。
能の舞台では、静寂な歩みに呼吸を合わせます。

噺家は、高座から観客の息遣いを感じつつ話を進め、歌舞伎役者は、舞台と観客と一体になり、バイオリニストは、典雅な音色と観客の息との協奏を感じるのです。
サッカーやバスケットなどのスポーツも、オーケストラや歌舞伎・能も全ては、息の合ったチームワークの優劣で勝敗が決まります。
それぞれの家庭にはそれぞれの雰囲気があり、それぞれの職場にはそれぞれの息の調和がある。人と人にも息が合うひと合わない人があり、人と物、人と動物にも好き嫌い、会う合わないが存在するのです。

  「一気息(きそく)、
   一笑話(しょうわ)も、
   皆楽(がく)なり。
   一挙手(きょしゅ)、
   一投足(とうそく)も、
   皆礼(れい)なり」

     (佐藤一斎『言志四録』)

 一呼吸も自然の音楽であり、談笑も人心を和らげる音楽。手を一つ上げるのも、足を一つ動かすのも、皆礼なのです。日常の行動の中に、楽も礼も存在するものなので、周りの空気を察し、自ら調和を図り、礼を失しないように気配りしつつ、楽しく周りの人々に溶け込み、かつ、愉快な雰囲
気になるように導いていくことができるといいでしょう。

コミュニケーションの要諦とは、
  
   思いやりであり、博い愛なのです。

 
「組織は、もはや権力によっては成立しな い。信頼によって成立する。
 信頼とは好き嫌いではない。
 信じ合うことである。
 そのためには、たがいに理解しなければ ならない。
 たがいの関係について、
 たがいに責任をもたなければならない。
 それは義務である」

 (ドラッカー『明日を支配するもの』)