フジサンケイビジネスアイ投稿記事です。掲載は7月24日(月) 

   シンドラー社危機対応の教訓

 今年四月、十五番目の政令指定都市になった堺市の要請で、七月十三ー十四日の両日広報担当者四十人を対象に実力向上実践研修を行った。その際、宿泊したホテルと市長舎間にある大小路交差点歩道橋に設置されたエレベータ五基がシンドラー社製だ
った。松山安司広報担当課長の「堺市では同社製は十五基だが扉の開閉異常や閉じ込めなどの不具合率が他社製の五倍も高い」との説明に驚き「次回点検八月八日」との張り紙を見ながら恐々乗ってみた。幸い“閉じ込め”はなく、期待はずれの反面ほっとした。

 国交省がまとめた全国での緊急点検中間結果(七月七日現在)によると、過去に千四百件以上の不具合があり他社製平均の三倍にものぼる。さらにまだ確認中が二千基以上あり不具合件数はさらに増加するだろう。七月十二日には死亡事故機に隣接する同型機で女性ら二人が閉じ込められるなど、死亡事故から一ヶ月半経過した今で
も、次々とトラブルが発生し、安全性への不信・不安は増大の一途である。

 その予感は、実はあった。六月十二日死亡事故九日後に“初めて”開いた記者会見に同席した時のことだ。来日したシ社スイス本社の最高責任者と日本法人社長ら3人に対し、百五十人以上の記者からの相次ぐ質問に会見は3時間半に及んだ。その最後のやりとりが疑念の象徴だった。
 次回の会見日を聞かれたシ社は、事故発生から九日も経つのに「会見は週1回、情報はHPで」と回答。記者から「1週間後とは遅すぎる。新情報が入り次第会見せよ」と迫られ、ようやく同意するありさまだった。

 記者会見を軽くみてはならない。「企業活動によって発生した重要な出来事は、善悪を問わず、真先に顧客や社会に伝える」ことは、企業の「義務」である。メディアは社会の公器であり、第三者評価機関。企業情報を適切に評価し、刻々変化する事態を、企業に成り代わって、社会へ伝える「情報代理店」というあり難い味方なので
ある。そこで「記者の顔が最大顧客に見える」ようになると、言われなくても喜んで 記者会見を開くであろう。
 
 記者会見の要諦とは:

(1) 率先して会見すること。                          それによって、最も不安や懸念を抱く人たちに対し、刻々と変化する事態をいち早く伝えたいという真摯な気持ちを表すことができる。先に詫ることは、その後の事態の好転をもたらす。人はまず感情に動かされる。「最初は感情的、次から論理的」対応が要諦。 逆は“命取り”になる。

(2) 発表者を慎重に選ぶこと。
  トップの出し惜しみが不信・疑念を増大する。発表者を誰にするかは、その出来事に対する企業の認識や姿勢を如実に示すのだ。

(3) 公式見解は、
  ▽原因の究明
  ▽事態の推移
  ▽当面の対策
  ▽責任の所在
  ▽今後の見通しーが必須事項。

(4) Q&Aは、三つに分けよ。                         ▽訊かれなくても、言うべきこと
  ▽訊かれたら、言うべきこと
  ▽訊かれても、(今はまだ)言うべき   でないこと。

 情報開示とは何でも言うことではない。これらの峻別を怠り、公式に統一していないから混乱を招くのだ。

(5) 個々の対応は
   「一つを一人に一元化」すること。

(6) 繰り返し言われなくとも記者会見。    事態を統率し先手を打つこと。

 このように初期から一貫して迅速・的確かつ誠実な対応をすることが、不手際や誤解を防ぐ。メディアが企業に抱きやすい疑念や無用な不信感を放逐する。その結果、マイナスイメージの緩和は元より誠実なイメージの構築にさえつながるのだ。

 危機は時間や場所を選ばず、どのような状況下でも起りうる。日本を代表する超優良企業においても例外はない。「自分に起こるはずはない」という慢心の追放が肝要だ。IT(情報技術)の発達が見えない情報の膨張をもたらし、危機を助長する。
 この不可視情報をいかに見極め、適切に取捨選択していく過程が日々の経営であり、真の危機対応といえよう。

 「時々刻々にわれわれを悩ます小さな災難は、大きな災難に耐える力が幸運のあまりにすっかり衰えてしまうことがないように、われわれを絶えず訓練するためにある」     (ショウペンハウエル)
と謙虚に受け容れ、
 「波の絶えず砕ける岩頭のごとくあれ」         (アウレーリウス)

と厳然と受けて立つのだ。

 すべての困難は、未来の総合的な展開のために必要な前奏曲でもあるのだ。