第五十四条 つまらぬ約束でも守れ

 つまらぬ約束でもきちんきちんと守って行く。相手が驚くほど守って見せる。信用される事請けあいだ。しかもなんの苦もなく守ったようにあっさりとやる。少しも恩にきせない。自分はそれを片っぱしから忘れてしまう。
 こんな調子の人に人気の湧かぬはずはない。それだけに自分の力の及ばぬ約束は決してしない。

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 漢和辞典によれば「約」とは、1.むすぶ。2.締めくくる 3.つづまやかにする 4.誓う などの意味があり、もともとは、束ねたものを結ぶことです。それもどうやら慎み深いことがその根底にありそうです。
 英語では、promise が普通ですが、pledge、vow、assureなども同意語としてあげられます。

 「約束を守ること」は人間の永遠の課題ともいえましょう。論語に「約を以て之れを失う者は鮮(すく)なし」とあります。つまり、「言動の上でも、物質の上でも、つづまやかに慎み深く、控えめにして行けば、人生において失敗することは少ない」ということです。
 そこで、「約束」とは、出来ることをきちんと守っていくこと、と考えれば、誰にも出来そうな感じですね。孔子の訓えに従い、約束も控えめな約束をすることが処世術の一つでもあります。控えめな約束とは、自分で達成可能な物事に対して、責任持って期待時間内に、遂行してあげることです。まず、約束の程度、中味と自分の
達成できる実力や時間の許容範囲あるいは、場合によっては筋力あるいは金力とも慎重に相談の上、契りを結ぶことが肝要です。
 約束を結ぶ前に、両方を正確な天秤にかけてより正確に測るべきです。本当に計算高い人とはこんな人をいうのだと思います。これが信用を守り、かつ勝ち得る根幹になります。つまり、できない約束はしないという本条の最後の訓えに繋がるものです。こういった人は好かれる前に信用されることでしょう。好意は信用の上に成立するものです。

 ここで、約束を守って自分のためにしてくれた人のことをつい、‘イソガシサ’のために忘れがちですので、次の二人の先人の訓えを肝に銘じておきましょう。

「元来、人は他人己のためにしてくれた
 ことを安く値打ちし、人のためにしたこ とは過大に計算したがるものである」
     (『修養』新渡戸稲造)
 
「我れ恩を人に施しては、忘るべし。
 我れ恵を人に受けては、忘るべからず」
     (『言志四録』佐藤一斎)

 つまり、施恩は忘れ、受恵は忘るな、と 訓えています。