「人に好かれる法百ケ条」第五十三条をお送りします。
第五十三条 ふところをみすかされるな
誰でも知らず知らずに人のふところを勘定して、交際しているようなものだ。金があっても、なくっても平然としている度胸がなくてはいけない。つまらぬ事をしゃべって、自分のふところを見られるようでは馬鹿にされる。「雉も鳴かずば射たれまい」大てい自分の口から自分のボロは出るものだ。
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交際上手な人は、一般によく気が付き、小まめな人といわれますが、それ以外の特徴としては、明朗で弁舌爽やかな人ともいわれます。話題が豊富で話しも巧みな人が、人に好かれる条件という見方もありましょう。話し上手な人、言い換えれば「能弁」な人がいつもいいかといえば、そうではないようです。
例えば、営業や広報担当は、特に顧客や記者にまず解っていただくことが第一の仕事なので、能弁で弁舌さわやか、流暢な口調で説明も巧み、相手を説得できる人が向いていると思いがちですが、必ずしもそうではありません。訥々でいいのです。要は、きちんと伝え、“気分よく”十分解っていただくことが第一義です。相手に“解った”といわれて安心するのは早計で、“好意を持って”解っていただかないといけません。さもなくば、商品は買っていただけず、記事にも書いてくれないのです。
能弁に自信がある人は長所は活かすべきですが、注意するといいでしょう。能弁は、時に雄弁に似、饒舌にも似ています。下手な能弁家はついしゃべりすぎるのです。一旦発せられた言葉は取り返しが効きません。特に、相手を傷つける言葉は絶対と言って良いほど相手の心に深い傷を負わせるのです。
能弁すぎると、本条にあるように、逆に自分のふところを見透かされることにもなります。ちょっとした言葉尻に本音が見え隠れするので、知られたくないことまで悟られてしまいます。また、能弁屋は、相手がちょっと質問したり、懸念の言葉を発すれば、今だ!とばかり、ともすれば相手を言いくるめようとしがちです。説得に自信があるので、相手の話をじっくり聴く余裕もなく、話す時間を与えないものです。一方、訥弁の人は口が遅いので、その分「聴き上手」です。「話させ上手」と言う方が当たっています。聴いてあげれば相手はどんどん話してくれます。すると相手の真意や本心も理解できるし、情報が自然と集まるものです。本当に交際上手な人は、聴き上手であり、かつ訊き上手なのです。
孔子も「訥言敏行(とつげんびんこう)」つまり「君子は、言に訥にして行いに敏ならんと欲す」と、能弁である必要はなく、機敏な行動を心がけることを推奨しています。
そこで、真の雄弁家になりましょう。フランスのラ・ロシュフコー公爵は、
「真の雄弁は、言うべきことをすべて言い、かつ、言うべきことしか言わないところにある」
とその真髄を表現しています。そして、
「声の調子や目や表情には、
言葉の選び方に劣らぬ豊な雄弁がある」
とも訓えています。
「口固く 訥弁の人聴き上手
機敏で好かれる明朗な人」