第四十六条 猪突猛進の人
世の中には臆病な人間が多い。そこで我々は冒険をやる人間や猪突猛進する猪武者をなんとなく痛快に思う。人に迷惑もかけず、あれあれと思う様な事を平気でやる人間に人気は集まる。それも一つの勇気だからである。無茶な人間の魅力はそこにある。考えるより手足が先に動き、精神より肉体が物を言う様な人間、引っ込み思案や、無気力な人間には尚更大きな魅力となる。
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何かを成就する人は、猪突猛進の人です。歴史が証明しています。キリスト・釈迦・マホメットのような宗教家もそうですが、弘法大師の中国への修行などは、猪突猛進というより無謀のようです。織田信長・豊臣秀吉・・・皆猪突猛進者でしょう。近くは、吉田松陰です。やらなければならないことをやろうと信念に向かって猪突猛進し失敗を重ねた挙句、命を落としました。その愛弟子高杉晋作は師匠の意志を命をかけて実現しました。
そういえば、伊能忠敬もそうですね。50歳以上から日本全国を歩いて測量したのですから、猛進も妄信しなければできません。スポーツの世界もそうです。才能も桁違いですが、それ以上に異常な猪突猛進性が必須です。王・長島、イチロー然り、卓球の愛ちゃんみな一途の人です。本日引退したジャンプの原田雅彦選手もそうでした。つまり、偉業は猪突猛進からしか生まれないのです。
しかし、猪突猛進は必要条件ではありますが、十分条件ではありません。突進すればいいのかとなればそうではないのです。何が要るのでしょうか?それは、大志ではないか? 大義という方がいいでしょう。困難の中においてなおやらねばならぬという、何か突き動かすものがなければなりません。その弾み車は大志と大義です。
スポーツの世界も日本一になる世界一なるなどの大志がなければあの苦しい練習に耐えることはできません。歴史に名前を残すような偉業を達成した人は、その大義に突き動かされた結果、猪突猛進せざると得なかったのです。だから前人未到の偉業や未曾有の業績を残せたのであります。
もう一つの要素は、勇気ですが、その勇気も大志・大義から発する勇気でなければ真の勇気とはいえないでしょう。
松陰のこの言葉がそれを端的に表しています。
「かくすればかくなるものと知りながら、 やむにやまれぬ大和魂」
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも
留め置かまし大和魂」
私たちビジネスの世界では、あまりにも猪突猛進は大きなリスクが伴います。何かを推進するにはいろんな障害が立ちはだかるからです。あまり反対を押し切って猪突猛進していい気になっていると、ある時、閑職への異動を待っています。そこで、自分の言動に大志・大義があるかどうかを絶えず省みつつ、自らをチェックして進むことです。「自分は皆が認めるような大義を言動の中心にすえているのだ」と確認し、そして確信しながら進むことが大切ではないでしょうか? その言動が大義・大志のためと判れば、いずれまわりも認めてくれましょう。
その大義とは、日本・社会・人類を幸せに導く大義であり、人の道に叶っているものでなければなりません。大義で進む限り自信と誇りを持って進むことができます。
大義なき猪突猛進は傲慢・わがまま・困り者・頑迷者に過ぎません。手前勝手な大義は困ります。個人での生き方も企業のあり方も同じであります。
人は、何に惹かれるのか? それは、ひたぶるに走る人です。猪突猛進の人です。そこにはある純粋さがあります。また、単純さ・素朴さ・無心があります。
単純素朴さは最も高貴なものに通じます。
「君がもし、それをしなければならぬという確固たる信念をもってあることをなすとき、たとえ多数者がそれについて違って考えようとも、公然とそれをするのにはばかることはない。君がもし正しく行動しない
のなら、その行動をこそはばかるべきで、もし正しく行動するのなら君を不当に非難する人々に対して何のはばかることがあろうか」(『幸福論』カール・ヒルティ)