イスラエルとパレスチナ和平
・・・優秀な料民族 紛争終結望む・・・
【産経連載No.12】

今月四日、パレスチナ和平の実現を目指す米国のブッシュ大統領と、紛争当事者のイスラエルのシャロン首相、パレスチナ自治政府のアッバス首相の三者会談がヨルダン南部アカバで行われ、2005年までのパレスチナ国家樹立と紛争終結への道筋を示した新和平案「ロードマップ」の履行開始を事実上、宣言した。
二千年にわたる紛争の地での歴史的な握手から、三週間。和平案の進展にはまだ紆余曲折がある中、わたしはかってイスラエルの地を数回踏んだことを想い起こした。

三十年ほど前、ある商談のためにイスラエルに出張。インド経由で真夜中にテルアビブ空港に到着した。いたるところに兵士が自動小銃を構えているのが見え、身が引き締まったことを昨日のことのように覚えている。「外国人」だけは空港ビルに入る前に白い大きなワゴン車で厳しい質問を受け、ようやく入国できた。その間ずっと銃口を向けられていた。その恐怖感は忘れられない。

現地商社マンに案内され有力企業五-六社の幹部と商談したが、ビジネスに対する厳しい姿勢が印象的であった。それは常に戦時体制という同国の事情もある。商談した人たちはみな、「砲士」や「ジェット戦闘機のパイロット」など国を守る経験者だった。
その数年後、製鉄プラント建設操業のため中東カタールに駐在した際、現地に出張してパレスチナ人を何人も採用した。アラビア語、英語など複数の言語に精通、計数に明るく、マネジメントにも高い能力を発揮する彼らは、十数か国という国籍の異なる人たちが働く工場のマネジャークラスとして大いに活躍、プロジェクトの成功に貢献した。
その人たちは、現在どうしているであろうか?

県内の外国人は約十四万一千人で人口の一.六四%。全国でも最も外国人が多い国際都市の一つだ。内イスラエル人は六十三人、一方パレスチナ人はというとまだ政府の認定がないため不明という。
 
 ビジネスを通じて、両民族の優秀性を肌で認識している私は、このたびの新和平案がロードマップに沿って着実に実施され、両者が真に仲良くなる時代が一日も早くくることを祈っている。