『広報卓越者になる法』   
「貸し借りできる仲になれ」
    2011年12月18日(日)

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

貸し借りが 出来ない人は務まらぬ
 義理と人情アナログ世界
 
有力業界紙の親しいA記者が電話で、いきなり「近くB社を買収する予定と聞いたが本当か?」と問合せてきた。早速上層部に確かめると、密かに進行し決定も近い案件だがまだ決まってはいない。さて、どうするか? 

もし、A記者がそれ程確かな情報を掴んではいない場合には、「まだ、何も決まってないようです」と軽く否定して当面を凌ぐことも一つの方法。しかし、既にA記者が相手企業を含めた周辺取材によってかなり知っており、このままでは憶測記事を書かれる恐れがある場合にはどう処するか? 本来商談成立したら「一斉発表」を予定している案件だ。しかし今記事にされるとすべてが破談になる恐れがあるが、否定し続けるにはリスクがある。そこで、事実を話し、記事にするのを待ってもらう方法がある。つまり、一次的に「借り」を作るのだ。当然、オープンにできる状況になればA記者だけに(スクープ記事として)書いてもらうことが条件。いつまで待ってもらえるかは、他紙の取材状況との兼ね合いだ。
記者としてはその間に他社に抜かれるリスクが伴う。あるいは、他社が同じような情報を掴んで取材すれば、特ダネにはならない恐れもある。そこに広報人と記者とのぎりぎりの攻防を余儀なくされる。

ところが、いいネタ程「はいそうですか」とはならない。誰しも特ダネを逃したくはないからだ。それでも事情を理解して、OKしてくれる場合には、「借り」となる。つまりいつか今回と同等もしくはより大きなネタで借りを返す必要がある。こんなやりとりは、達人の出番となる。逆に、いいネタを特定記者に提供するリークは、「貸し」とも言えよう。
また、広報戦略上の理由もしくは何社か同じような情報をもって同じタイミングで取材が入った場合には「本件はどうしても一斉発表にさせて欲しい」と頼まなければならないケースも出てくる。そうなるともっと複雑になる。
広報業務に深く関わってくると、この貸し借りの場面が軽重(けいちょう)いろいろな形で現れる。そこには、日本的な義理と人情の世界にもつながる。貸す場合はいい。「借りる」ことは、むしろ会社を離れ、個人としてのお願い、友人としての相談になる。
孔子も「友なる者は其の徳を友とするなり」と云う。「あなたが頼むのなら」「そんなに困っているなら」という心情になってもらえるか?である。加えて「後で約束をちゃんと果たしてくれる」との信頼の積算が要る。理屈では割り切れない世界がある。そのような仲にいかになれるか?また、なっておけるか? そのノウハウは言葉にならない。自ら学び取る以外には無かろう。年月・配慮・相性・義理・見識・人望・・・いろんな要素が絡み合う。並みのお付き合いを超えたところがあろう。日頃の修養の成果を試す真剣勝負だ。うまくいくと小さく拳(こぶし)を握り締める悦びが密かに味わえる。
各種メディアの記者ともこういった貸し借りができる仲になると、もう達人として認められる。
「義とは、勇気を伴って為される決断力である。道理にまかせて決断をし、いささかもためらうことをしない心をいう。義理とはもともと正義の道理という意味であった」
(『武士道』新渡戸稲造)