人の尻馬にのったり、おだてられたりしていい気になってした仕事は、失敗すれば笑われ、成功しても「ありゃ―、あいつのかんがえじゃない。おだてられてうまくいっただけさ」と馬鹿にされる。どっちにしても後悔するだろう。

 何をしても後悔したくないと思ったら、自分の考えで物事をやることだ。つけやきばではいけない。そして最悪の場合の覚悟を決めてかかる事だ。そうすれば、一寸よく行っても満足がある。行かなくて元々、後悔はない。むしろ「やったぁ!」という爽快感が高い。


 知識の場合も全く同様だ。今の時代は情報は誰でも容易にアクセスできる。しかし、いかにネットで大量の情報をかき集めたとしても、自分で考え抜いた知識でなければその価値は疑問である。量では断然少なく、見劣りしてはいても、何度も何度も考え抜いた知識であれば、その価値は遥かに高いのだ。何か1つのことを知り、1つの真理をものにするといっても、それを獲得する為には、それを他の様々な知識や真理と結び付けたり、比較したりして調べる必要があり、この色んな手続きを経て初めて、自分自身の知識として、完全な意味で獲得される。そしてその知識を自由に駆使することができるのである。

 これは、ゴルフの本をいかに沢山読んで得た知識は、実際にゴルフをやって掴んで知識とは全く異なる価値があるのと同じであろう。


 我々が徹底的に考えることができるのは、自分が本当に知っていることだけである。

 この違いを我々はよく勘違いする。実践で掴んだ知識経験ノウハウは何物にも代えがたい真理を含むのである。【山見博康】