「One for All, All for One」「1人はみんなのために、みんなは1人のために」
はラグビーを愛する人でなくても、知っているチームプレーの合言葉です。
この言葉は企業経営にも引用され、社内コミュニケーションの在り方を表すのに最適な表現の一つでもあります。
私の8つ上の兄は福岡県嘉穂高校ー西南学院大学でラグビーに熱中し大学では、スタンドオフとして、3年連続全国地区対抗ラグビー優勝の実績もあります。私はバスケットボールが本職ですが、同じ高校の時、兄の影響もあってラグビーのメンバーが足りないとの誘いの応じて、バスケットのシーズンが終わってからラグビーも親しみ、センター12番をつけて走っていたものです。
その後入社した神戸製鋼において、1989年平尾誠二キャプテンの時社会人大会日本選手権とも優勝。その後7連覇したのですが、私は運良くその最初の5連覇を広報部(次長ー部長)時代に真近くで見ました。平尾誠二、林敏之、大八木淳史を中心にした素晴らしいチーム。平尾キャップテンが「アドリブラグビー」「遊び心でプレー」を唱えかつ実証し、型にはまった従来のラグビーから個性を自由自在に発揮するラグビーへと日本のラグビーを転換させていったのです。
その話は又の機会として、去る31日(土)夜ニュージーランドアールブラックス対オーストラリアワラビーズの1903年から106年続く定期戦ブレディスロー杯が日本で初めて開催され、家族で観戦。結果は32-19でオールブラックスの快勝でしたが、相譲らない素晴らしい特級のゲームでした。特に全般オールブラックスが5人で細かいパスでつないで得たトライは、「One for All, All for One」そのものの「自分を殺して味方を活かす必殺のパスの連続」。忘れられないプレーとなります。
私は、豪州メルボルンに1985-1989年と4年半駐在したので当然ワラビーズを応援していたのですが、残念ながら完敗でした。当時シドニーでワールドカップが開催され、神戸製鋼から上記3人と萩本が選ばれ出場したのも観戦したものです。
ところで、この「1人はみんなのために、みんなは1人のために」という解釈も正しいのですが、そうではなく、
「1人はみんなのために、みんなは1つのために」の方の解釈もより正しいのではないでしょうか?
「1人のために」は例えば社長であれば、ワンマンに仕えたイエスマンを想定します。それよりも、「1つのビジョン」「1つの共通の(優勝等の)目標」に対して、みんながひとつになり、一丸となって邁進する・・・方が美しいものです。
「諸君は、ある事柄、またある特定の人々に対する愛と義務感情から働きなさい。何らかの人類社会の大問題に参加するがよい。早くから自分自身を超えて、自分だけのために生活しないということが、青年を向上させ、強健にして、事に屈せぬ力を与える唯一の道である」
(『幸福論』カール・ヒルティ)
【山見博康】