第1条 「負けてたまるか」と静かに自分に言え
第2条 男は語尾をはっきりしろ
第3条 卑怯なことをするな
長い五輪の歴史の中で、日本男子チームスポーツで唯一金メダルを獲得したのは唯の1回。1972年のミュンヘン五輪での、男子バレーボールチームだけです。そのチームを率いたのが松平康隆監督で、当時42歳。世界一になることに生涯を懸けた松平氏の情熱は、やがて多くの選手を育て、日本のスポーツ界に大きな金字塔を打ち立てることになったのです。
同氏が選手を育てる情熱と目標達成の執念を自ら持続し、かつ選手の心にその想いを点火し、かつ同じ情念を燃え上がらせ、偉業達成を実現させたのは、母から繰り返し教えられた三つの訓えでした。「男とは」「男とは」といつも教えられたとのことで、それを私は「男の三条件」と呼びます。
実母は16才の時に銭湯で細菌に感染し失明後、結婚して昭和5年康隆を産んだが、昭和4年の世界大不況の影響もあって厳しい時代、こんな中で骨瓶(こつがめ)を焼く会社を起業したベンチャー経営者!
その母から同氏は、特に厳格な躾を受けたのですが、それは子供には自立できるようにとの親心からでした。
一つ目の「負けてたまるか」とは、いわば克己心です。人間はどんなに強そうでも弱い部分がある。それは怠惰や妥協など自分への甘さ。だから常に自らを叱咤激励し、己に打ち克つことが人生において大切だというのです。
二つ目の「語尾をはっきりしろ」は、男の条件としてまさに簡潔で明快です。これを日々心がけただけでも真の男に近づくことができましょう。自らの意志や決意を言葉に出して明確に伝えることは、自分で自信と確信なしにはできないことです。これが出処進退にも直結します。私見を持つこともそうです。
やるのかやらないのか、欲しいのか欲しくないのか、明言することを心がけましょう。「明言」に加えて、「断言」することです。「・・・したいと思います」というような詠嘆調よりも断定調を好むこと。つまり、「・・・です」「・・・します」という「ですます調」です。「ですます」は、簡素簡潔で意志明白、決意実行を確約します。
男とは、断言して愚図愚図せずに直ぐ実行し、ぶれずにやり遂げるものです。
三つ目の「卑怯なことをするな」は、日本男児として絶対に守るべき志です。もちろん人間的にもそうです。
大石内蔵助が浪士達の動揺に対してこう言いました。
「いざという場合になると、人間は卑怯か卑怯でないかの二色(ふたいろ)に
わけられる」(大仏二郎『赤穂浪士』)
私は、福岡県飯塚市生まれで麻生太郎首相と同じ郷里、戦前戦後は炭鉱町で栄えた地域の中心。その中を石炭を運ぶ遠賀川が流れ、五木寛之作「青春の門」の舞台でもあり、いわゆる「男度胸」「無法松の一生」などの世界で「川筋男」と言われた処。そこでは「卑怯なこと」を嫌う風潮が流れていたものです。
「男の三条件」に一つ加えるとすれば「思いやりを持て」です。日本人の本来持っている「惻隠(そくいん)の情」です。それは孔子が最も大切にしたという「恕(じょ)」でもあります。人への思いやりを深めることは自分を大切にする心から生まれます。
今日は男の日。「かくあるべし」で行きましょう。
「男たる者は、かくあるべし」
「男としては、かくあるべし」
「男とは、かくあるべし」
今日のすべての言動に、これを意識してみましょう。
「男の四条件」を肝に銘じて・・・。
人を育てるには、その人物の将来を慮り、思いやりの心を深く抱いて、厳しく怖い躾・指導を行うことです。一時の優しさは将来の残酷さに変ずることを忘れないようにしなければなりません。
「武士道は、武士の道徳的掟であって、武士はこれを守り、行うことを訓えられ、かつ要求されるものである。それは不言不文の道徳の掟であって、だからこそ実行を強く求める力があるのであり、武士の心に刻みこまれている律法なのである」(新渡戸稲造『武士道』)
【山見博康】