世に豪快な人、太っ腹な親分肌と言われる人は、小さ
な事にはこせこせせず、何事も人に任せる度量があり、
部下が失敗しても後始末を引き受けてくれる人でしょう。
そんな肝っ玉の太い人は、とかく細かい事に気がつか
ないものです。いや、気がつかないと思いがちだといっ
た方がいいかも知れません。
本当に大事をなす人は、太い胆力のかげに臆病なほど
こまかい注意を持っているものです。でなければ物事に
最新の注意が行き渡らず、思わぬ所で失敗するのです。
他人から見れば驚くほどの冒険、度外れた計画の様で
も本人にとって細密な注意と、水も漏らさない準備のあ
る仕事なら、冒険でもなければ度外れた仕事でもない
のです。三浦雄一郎さんなどの稀代の冒険家がそうで
ありましょう。
織田信長が武田信玄との桶狭間の戦いで、奇襲作戦に
成功したのも、水も漏らさぬ周到な準備をして、果敢に
実行したものです。
気は強く決心堅く慾薄く
こゝろは細く肝は太かれ (新渡戸稲造)
組織の大将たる者は、この両方を併せ持つ人です。
私が以前お世話になった神戸製鋼の上司にそんな方が
おられました。
何か仕事を命ずると「君に、任した!」
何か問題を持っても「君に、任した!」・・・
そこで、若手に慕われ、「マカしたクマさん」とのニック
ネームがつけられていました。ところが、見えない所で
の配慮たるや私など凡人には「そんなとこまで!」とい
う驚くほどの木目の細やかさでした。
その配慮を見習うだけでも人間関係の生きた勉強に
なったものです。
後に社長・会長にもなられたことは至極当然です。
組織のリーダーになるには、大胆と細心のバランスが
程よく配置された大きな包容力が必要です。
本当に太い肝っ玉は深い経験、細心の注意、良い準備
からくる落ち着いた態度の事で、肝っ玉だけが特別に
あるわけではない事を肝に銘じていましょう。
そんな人には、人格的な思いやりを含めたある「人徳」
が備わっているものです。
「真に大志(だいし)有る者は、
克(よ)く小物(しょうぶつ)を勤め、
真に遠慮有る者は、
細事(さいじ)を忽(ゆるがせ)にせず」
(真に大志ある者は、小さな事柄も粗末に
しないで勤めはげみ、真に遠大な考えを
もっている者は、些細な事をも忽せにし
ない)
(佐藤一斎『『言志四録』)
【山見博康】