果たしてこの作品の終盤は、村上春樹の面目躍如なのだろうか・・・

 

この小説前半の推進役は免色くんで、後半はイデアの騎士団長だったと思う。

 

つまり、秋川まりえが「こちらからかかわりあいにならなければ、怖いことはない」と林の中で鈴の音を聞いたとき主人公が心配した際に答えた名言に答えがあったんだ。

 

そして、まさに主人公がかかわりあいを持たなければ起きなかった怖いことを言い当てている。

 

つまり詰まるところ主人公が、雨田具彦の描いた「騎士団長殺し」の絵にかかわらなければ起きなかった出来事だったというなのです。普通は人の家のものを勝手に探ったりしては良くないはずですし。

結局、鈴の音に耐えられなかった主人公のせいで石塚は暴かれてしまい、そして鈴が出現し、イデアの騎士団長が現れる。

そしてまりえの言い当てた通り、いよいよ怖いことが起こり始めるわけである。

 

秋川まりえが突然失踪してしまったのだ。

 

イデアの騎士団長は「諸君は私をあの穴から出した。そして今、諸君は私を殺さなくてはならない。そうしなければ環は閉じない。開かれた環はどこかで閉じられなくてはならない他に選択肢はあらないのだ」と秋川まりえを救い出すための解決方法を語る。

 

まず第1段階は「諸君が『騎士団長殺し』という絵画を屋根裏で見つけ出して、その存在を雨田具彦に明らかにしたという事実。

第2段階は「諸君が私を殺すのだ」

第3段階は絵画の寓意の核心をここに再現し、<顔なが>をこの部屋に引っ張り出すのだ。そうすることで諸君は秋川まりえを取り戻す」ことになるということらしい。

 

しかし、本当にそうしないと秋川まりえを取り戻すことはできないのだろうか、イデアの騎士団長が主人公にそう思い込ませているだけに感じるのだが。まりえは監禁されていたりどこかに迷い込んだわけでもない、イデアの騎士団長に言い聞かせられて免色館にいるだけの話なのだ。

それを知らない主人公はイデアの騎士団長に言い包められているのだ「言う通りにしないとまりえは取り戻せないよ」と。

 

本当は騎士団長が雨田具彦との義理を果たすために筋書きを作ったのではなかろうか。

第4巻p.66にイデアの騎士団長が語っているが「(伊豆高原の施設に)私は求められてここにいる。私を求めたのは雨田具彦氏だ。そして、諸君の役に立ちたいと思えばこそ、ここにいる。イデアとて義理人情を解さないではない」ということが記されている。

 

 

ある晩、スタジオに突然、雨田具彦の生霊が出現する。ここからさらに、まりえが免色の青髭城から出られなくなるし、こちらからは馬鹿馬鹿しい話になるだけだけど、主人公はイデアの騎士団長に導かれて雨田具彦の介護施設に取り込まれて騎士団長殺しの絵画の中の苦難を体験するわけである。

 

ここからは、雨田具彦とイデアの騎士団長がグルになって主人公を有り得ない世界に引き込んでいくわけである。

 

イデアの騎士団長は、主人公に自分を殺さないとまりえを助け出せないと迫るが、実のところ、まりえは勝手に免色の家に自ら忍び込んだわけで、囚われているわけではなく、最悪免色に見つかったところで命の危機に晒されるわけではないだろう(まりえ自身も言い逃れることはできると言っていた)。

主人公が勝手にイデアの騎士団長の言葉を信じて行動を起こしたにすぎないわけである。

主人公は、秋川まりえを救い出す方法はないか、騎士団長に聞き出そうと躍起になった。

騎士団長は。「そこまで言うなら仕方あるまい。ひとつだけヒントをあげよう。しかし、いくつかの犠牲が出るかもしれないが、それでもかまわんかね? 比喩的に言えば血は流されなくてはならないということだ。あるいは誰かが身を捨てねばならん、ということになるやもしれない」

 

主人公はなんと「それでもかまいません、ヒントを与えてください」と答えている。誰かが死ぬかもしれないというのになんと簡単に答えてしまえることか、本当にアホが極まっているぜこの男は。

しかも騎士団長からのヒントは「翌日にかかってくる電話に必ず出ること」というから拍子抜けするわけだぜ、まったく。

 

そして、ここからの話の展開はまさに究極にバカバカしい限りである。

 

騎士団長を彼の指示通り殺すと、「顔なが」が出てきて、彼を脅して聞き出した秘密の地下通路に潜り込み、荒唐無稽ないろんな珍道中の挙句、壁の通り抜けマジックをして石塚の底に落ちた(過去の村上作品でも頻繁に井戸の通り抜けマジックやら壁の通り抜けマジックが行われてきた)。

穴には金属製の梯子が無くなっており、石塚の蓋は完全に塞がれて灯りさえ漏れてこなかった。

なぜか、底の地面の上に「鈴」が落ちていて、そいつを鳴らしたら免色が来てくれて助け出してくれた。

まりえはすでに無事戻ってきたということだった(多分、主人公の活躍とは関係無く、免色の家を簡単に抜け出せたのだが)が、イデアの騎士団長はあまり関係ないんだけどストーリーの都合上そういうことにしておきます。

 

次は、妻との関係であるが、夢の中で行ったセックスで妻を妊娠させたなどという奇妙キテレツなお話である。

日記の4/19のページに「昨夜・夢」と記され、2Bの鉛筆で太いアンダーラインが引かれていた。

 

その隠微な夢とは、妻が一人で寝ていた広尾のマンションの一室の天井から姿を見下ろしていた。

性的にとても興奮しており、彼女の布団をすこしずつ剥いでいった。身動きしない妻を見てますます大胆になった主人公は、彼女の淡いブルーのパジャマのズボンを脱がせ、白いコットンの下着をとった。

主人公は、やさしく彼女の脚を開き、指でヴァギナを触れると暖かく開き、十分に湿っていた。

もう我慢できなくなり硬くなったペニスをヴァギナに押し入れると、温かいバターのように受け入れ、積極的に呑み込んでいった。彼女は、こうされるのを待ちかねていたように小さく声を上げた。乳房に手を触れると、乳首が果実の種のように硬くなっているのがわかった。

私のペニスの動きは早くなり、彼女の内側の肉は私の到来を明らかに歓迎し、より荒々しい動きを求めていた。射精は激しく、幾度も幾度も繰り返された。精液は彼女の内側で溢れ、ヴァギナの外にこぼれ落ち、シーツをべっとりと塗らせていった。射精を続けたら、自分はこのまま空っぽになってしまうのではないかと心配になるほどだった。

 

しかし、一方で彼女の膣は私を解放しようとはしなかった。それは、確固とした意思を持って激しく収縮し、いつまでも私の体液を搾り続けた。それはあまりに生々しい感触を伴う記憶だったので、とても夢だとは思えなかった。私は本当にあの広尾のマンションを訪れ、本当にユズと性交したのだ。

私のペニスにはまだ彼女の内側の感触が残っており、それは激しく求め、私にぴったりしがみついていた。ユズの性器はペニスをまわりから締め付け、私の精液を一滴残らず自分のものにしようとしていた。

 

そしてちょうどその時期に、ユズは受胎したことになる。もちろんピンポイントで受胎日を特定することはできない。それは免色が語った話に似てはいるが、彼は現実のことで、主人公はあくまで夢の中でのセックスだから、まさに夢物語と言っても過言ではなかろう。

 

しかし、主人公は論理だけで片付けられない強い快楽と原初のカオスのような生々しい出来事がただの夢として終わってしまうわけはない。それは現実の何かしらに影響を及ぼしているはずだと主張している。

人は本当に心から何かを望めば、それを成し遂げることができるのだ。

ある特殊なチャンネルを通して、現実は非現実になり得るのだ。あるいは非現実は現実になり得るのだ。それが証明するのは、人が自由を証明するむしろ逆の事実かもしれない。

 

しかしながら、そこまでいうならば、免色がまりえが自分の子供の可能性について語ったときDNA検査をしてはと主人公が提案したように、自分もユズの子供とのDNA検査をすれば親かどうかの証明することができたはずだ。そうしなかったのは、お前も免色と五十歩百歩というところなのだろう。

 

 

それなのに、物理的にボーイフレンドとの間でできてしまったはずの子なのに、なぜか妻はこの男との結婚を拒絶してしまった。

「結婚しない?つまり彼女はシングルマザーになるということなのか?」

 

実際、ユズと二人で会ってみることになった。

主人公は「その相手の人と結婚するつもりはないの?」

ユズは「今のところ、そのつもりはない」と「どうして?」と聞くと「ただそうしない方がいいと感じるだけ」、「でも子供は産むつもりなんだね?」彼女は小さくうなづくと「もちろんもう後戻りはできない」

 

そして、「私はまだあなたと離婚していないから。そして離婚しても、しなくても、生まれてくる子供は法的にはあなたの子供ということになる。」

でも「生物学的に言えば、その相手の子供なんだろう?」

ユズは言った「話はそれほど簡単じゃないの。というのは、彼がその子供の父親だという確信が私には今ひとつ持てないから」

 

そして、誰が生物学的な親なのかについての論争の果て、ユズは避妊に関して絶対的自信があるのに、なぜか気がついたら妊娠していた。」なお、他人とセックスして妊娠した場合、女性には勘のようなものが働きなんとなくわかるはずのものらしい、何とも不思議な話だ。

 

「私はこうして自由意志みたいなものを持って生きているようだけれど、結局のところ私自身は大事なことは何一つ選んでいないのかもしれない。そして私が妊娠してしまったのも、そういうひとつの顕れじゃないかって考えたの」

「よくある運命論みたいに聞こえるかもしれないけど、ども本当にそう感じたの、何があっても私一人で子供を産んで育ててみようって、そして私にこれから何が起こるのかを見届けてみようかって。それがすごく大事なことであるように思えた」

 

この話し合いを通じて、主人公はユズと同居して父親が誰か話はわからない子供の親になろうと決心したのだろう。なんとなく、免色とまりえの関係に似ているような気もする。

 

 

最後は、意味不明な存在、謎の「白いスバルフォレスターの男」である。

 

宮城県のとある町のファミレスで会ったことのある目つきの鋭い男で彼の車が白いスバル・フォレスターでリアバンパーにカジキマグロのイラスト入りステッカーが貼ってあった。

 

雨田政彦の車で父親の施設に向かう途中に入った道路沿いにあるファミレスに現れた宮城ナンバーの白いスバル・フォレスターを見かけて、あの男が現れたのではと背筋が凍りつく思いをした。

 

また、主人公がユズのもとに戻り、再び生活するするようになってから数年後、3/11に東日本大震災が起きた。そのときテレビの前に座り、昔あてもなく旅をして回った宮城県にかけての海岸線沿いの町が次々に壊滅していく様子を目にしていた。そして、その町のうちの一つは、あの「白いスバル・フォレスターの男」と出会った町であるはずだった。そんなあるとき、テレビの画面の隅に「白いスバル・フォレスターの男」をチラリと見かけた、あるいは見かけたような気がした。

 

この男の肖像画完成の途中で画面の作者(本人=主人公のこと)が手を加えないことを求めていた。いやはや実際、筋の通らぬ話ばかりなのだ。

 

主人公が見た夢の中では、「自分が『白いスバルフォレスターの男』だったんだ。渾身の力を込めて妻の首を締め上げながら、何事かを大声で叫んでいた。それは意味をなさない純粋な怒りの叫びだった。これまで経験したことのない激しい怒りが、私の心と身体を支配していた。」とある。「私をこれ以上絵にするんじゃない!」と、この絵の話が出てくるたびに語られるセリフだが、これは自分が自分に言い聞かせているのにすぎないんだろうと思う。

そして「僕も僕のことが理解できればと思う。でもそれは簡単なことじゃない。」と語っている。

 

騎士団長が、自分を殺せと迫っている際に、意味深なことを喋っていた。「諸君が殺すのはあたしではあらない。諸君は今ここで邪悪なる父を殺すのだ。邪悪なる父を殺し、その血を大地に吸わせるのだ。」

「わたしにとって邪悪なる父とは一体何だろう?」

「諸君にとっての邪悪なる父とは誰か?その男を諸君はさきほど見かけたはずだ。そうじゃないかね?」その男とは、先ほどファミレスの駐車場で見かけた白いスバルフォレスターの男のことなのだ。

 

また、メタファー通路で会ったドンナ・アンナが「心を勝手に動かせさせてはだめ。心をふらふらさせたら、二重メタファーの餌食になってしまう」

「二重メタファーとは何なんだ?」

「あなたは既にそれを知っているはずよ。それはあなたの中にいるものだから。あなたの中にありながら、あなたにとっての正しい思いをつかまえて、次々に貪り食べてしまうもの。そのようにして肥え太っていくもの。それが二重メタファー。それはあなたの内側にある深い暗闇に、昔からずっと住っているものなの」

白いスバルフォレスターの男だ、と私は直感的に悟った。あいつは私のいく先々に姿を見せ。私にその暗闇の存在を思い起こさせた。もちろん彼には何でもわかっている。なぜなら彼は私自身の中に存在しているのだから。

 

 

そしてこの男が、僕にイメージさせるのが、デヴィッド・リンチ監督制作のドラマ「ツイン・ピークス」において主人公デイル・クーパーFBI捜査官の暗黒面の自分である”キラー”ボブの存在なのであった。