「騎士団長殺し(雨田具彦画伯作)」

 

この絵を屋根裏で発見して開封したことが、まるで途中でストップや後戻りのできないコンピュータゲームのスタートボタンを押したのと同じようなストーリーが、動き出してしまうことになるのでありました。

 

絵画の内容と登場人物(日本の飛鳥時代の格好をした男女)は、まずこの絵の中心に描かれているのが、二人の男が重そうな古代の剣を手に争ってる場面で、個人的な果し合いのように見える。そして、真っ黒な口髭を生やした若い男が剣を、豊かな白い顎髭を生やした年上の男の胸に深く突き立てている。年上の男の胸からは血が勢いよく噴き出していて、口は苦痛のために歪んでいる。

 

そして、この果し合いを見守っている人々が描かれていた。

一人は上品な真っ白な着物を着た若い女性で、美しい目が大きく見開かれ、口を軽く開けて大きな悲鳴を上げようとしている。

二人目は服装はそれほど立派ではなく、左手に帳面のようなものを持ち、右手は何かを掴もうとするように宙に伸ばされている。果し合いをしている男たちのどちらかまたは若い女性のの召使いと思しき人物。

三人目が奇妙な男で、地面に空いた穴から首を突き出して、その曲がった茄子のような顔は眼光鋭く果し合いを見守っている(私は「顔なが」と名付ける)。

 

しかし、絵のタイトルにある「騎士団長」という肩書きは明らかにヨーロッパ中世から近世のもので、日本の歴史には存在しないが、あえて雨田具彦は「騎士団長殺し」という不思議な響きのタイトルをこの作品につけた。

 

そして「騎士団長殺し」から連想されるのが、モーツアルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」で、その冒頭シーンに「騎士団長殺し」のシーンがある。

そのシーンで騎士団長は、ドン・ジョバンニに刺し殺されるのである。

 

 

そしてラストシーンでは、騎士団が彫像となって復活し、ジョバンニを地獄に連れていく。

 

 

他の出演者は若い女性がドンナ・アンナ、召使いはジョバンニに仕えるレポレロ、この絵に描かれていないのがアンナも恋人の騎士ドン・オッタービオ。「顔なが」は登場していないが、私を地下の世界に誘っているような気がした。

 

雨田具彦は、オペラ「ドン・ジョバンニ」の世界をそのまま日本の飛鳥時代に「翻案」し、日本画として描いたのだ。

 

さて、封印されたこの絵を主人公が開封したことで起きるべきして起こったことがある(雨田具彦が絵を描いたときにはこの事象が起きたのかが疑問なのですがその点は改めて書きます)。イデアの騎士団長は「諸君が『騎士団長殺し』を屋根裏部屋で見つけ出して、その存在を明らかにした事実が第一段階で、そこから始めなくてはならなかった」と後で打ち明けた。

 

ある晩、絵を開封したため、外で突然チリンチリンという音がしてきて、主人公は気になって眠れなくなってしまう。

そこで、どこから鳴っているのかを調べてみると、家の庭の雑木林の中にある祠の裏に石塚があり、どうやらその中から聞こえてくるようだった。

 

そして、近くに住む免色さんの計らいで暴いたもらった石塚の穴の中から「長さ15センチほどの木製の柄がついた古代の鈴」が登場してくる。

 

しかし、秋川まりえが、後に一人で家を訪ねてきた時、石塚の話になると彼女が「あそこはあんな風に掘り起こしたりするべきではなかった。あの場所はそのままにそっとにそっとおく方がよかった。みんなそうしてきたのだから」「長い間ずっと、あそこはそのままにされてきたのだから」と指摘を受けたが、主人公は、「今になってそんなことを言われても手遅れだ、穴はすでに暴かれ、騎士団長は解放されてしまったのだ」と後のまつりにするしかなかった。この後も、まりえに鋭い的確な指摘を受け戸惑うこととなる。

 

ある日、免色の肖像画を描いている際「不在する共通性」が見つからなくて困っていると「かんたんなことじゃないかね」と誰かが語った。周りを見渡すが誰もいなかった。さらに「わかりきったことじゃないかい。」再び同じ声が聞こえた。私が「わかりきったこと?」と自分に問いただすと、「メンシキさんにあって、ここにないものを見つければいいんじゃないのかい」と教えてくれた。

 

そして、忘れていた大事なこと「免色の見事な白髪」にようやく気づくことができ自分なりのポートレートは完成する。それは、絵の具の塊をそのまま画面にぶっつけた一つの「形象」としか呼びようのないもので、豊かな白髪は、吹き飛ばされた雪のような純白の激しいほとばしりになっていた。そして、それは一見して顔には見えない代物であった。

 

その鈴を、スタジオの棚に置いておいたところ、ある晩、突然鳴りだすのが居間で寝ている時に聞こえてきたが、スタジオには誰もいなかったのだ。

 

仕方なく居間に戻ると、白い奇妙な衣服をまとった生きている小さな人間が現れるのだ。その人物の顔を見て飛鳥時代の衣装を身に纏った「騎士団長」だとわかった。

本人は自分を「イデア」だと名乗り、「穴から解放されるかもしれないという気配を感じて、今がその時だとばかり夜中に鈴を鳴らし始めたおかげで諸君に気がついてもらえて穴を解放してもらえた。この件ではメンシキくんにも随分と感謝している。」と語った。

 

 

今までは長く訪れなかったが、穴を開く力を持つ免色の存在を含め、穴から出してもらえる可能性が高まったため鈴を鳴らし始めたような気がする。そして、イデアが騎士団長の姿をとったことで、一連の物事が動き出し、それが必然の帰結なのだと最終巻で殺される前に語り、あらかじめ決定されていたことなのだとイデアは最後に告白する。

 

 

さて、たまたま石塚の様子を見にきた免色がどうしても絵を見たいというので見せることにした。

 

免色は私の肩に手を置いて「素晴らしい、実に見事だ。これこそまさに私の求めていた絵です」と絵に感心し、心を動かされていたようだ。

 

しかし、私はすでに感じていたようで「私は免色の言葉をそのまま素直に受け止めて喜ぶことができなかった。絵を凝視しているときの、あの肉食鳥のような鋭い目ツキが心に引っかかっていた。」

本当のところは、免色は絵を餌にして秋川まりえ&笙子を釣り上げようとしたのではなかろうか? そして実際その通りとなっていくのである。