主人公「私(名前は不明)」は、妻に男ができ、ある日突然別れを告げられる不甲斐ない男なのである。

まるでどこかで読んだような、そういえば、同じ村上作品の「ねじまき鳥クロニクル」の主人公・岡田トオルにクリソツな男なのだ。

どちらも妻の不倫に全く気づかないという救いようがない純粋にアホな男たちなのだった。

 

例えば「私は妻が誰か他の男の腕に抱かれている光景を想像した。

『それくらい、もっと前にわかっていてもよかったはずだ』と私は思った。どうしてそれに思い当たらなかったのだろう?、もう何ヶ月も我々はセックスをしていなかった。私が誘っても、彼女はいろんな理由をつけてそれを断った。いや、そのしばらく前から、彼女は性行為に対してあまり乗り気ではなかったと思う。でもまあ、そういう時期もあるのだろうと私は考えていた。」

 

また「どうしてそんなにも楽観的になれたのだろう?というか、どうしてそんなにも愚かしくなれたのだろう?私の視野にはきっと何か生まれつきの盲点のようなものがあるに違いない。私はいつだって何かを見逃しているみたいだ。そしてその何かは常にもっとも大事なことなのだ。」

 

さらに「彼女はよく残業をした。私が一人で食事をすませる回数が次第に多くなっていった。帰宅が真夜中近くになることもあった。『ここのところ仕事が増えているの』と妻は説明した。同僚が一人急に転職して。その穴埋めを自分がしなくてはならないのだ、と言った。・・夜遅く帰宅した彼女はいつも疲れていて、シャワーを浴びるとそのまますぐに眠ってしまった。・・私はもちろん彼女のそんな説明を額面通りに受け取っていた。」

 

つまり、私と岡田トオルの妻が抱える背景はそれぞれだが、夫が捨てられる過程は驚くほど似ているのだ。

 

しかし、結末はほぼ真逆だった。

まず、妻のユズが妊娠したこと。

 

子供の父親は不倫相手のハンサムなボーイフレンドだろうが、本人は結婚を拒まれショックを受けたそうだ。

しかし、疑問なのは、果たして妻はどうやって子供を育てる積もりなのだろうか。通常ならやはり、私との結婚を認めなかった親を頼るしかないのだろうが・・・。

 

次は、雨田具彦作の絵画「騎士団長殺し」が小説の柱となっており、そこに私が如何に関与したのかだ

 

私がこの絵を屋根裏で見つけ、開封したことで不思議なことが起こり始めてしまう。

 

第1巻の87頁に、「私が『騎士団長殺し』タイトルのついた岡田具彦のその一枚の絵が私のまわりの状況を一変させてしまうことになった」とある。

 

 

その絵は、物音を立てるミミズクの住み着いた屋根裏部屋にて偶然発見したもので厳重に包装されており、「騎士団長殺し」と記された名札がしっかりと留められていた。

 

主人公も当初は躊躇していたようだが、次のような過程を経て、自分勝手に絵を開封してしまったのだ。

 

「私はどうしたものかと思案した。当たり前に考えれば、そのままの状態にしておくのが礼儀にかなった行為だった。・・・だとしたら余計なことはせず、ミミズクと一緒に屋根裏に置きっぱなしにしておけばいいのだ。私が関わることではない。」とまで考えていたのに・・・

 

なんと「私は自分の内に湧き起こってくる好奇心を抑えることができなかった。」とあるのだ。

 

そして屋根裏からスタジオに降ろしてしばらく包装は解かずに眺めるだけであった。

 

そして「包装を勝手にほどいてしまっていいものだろうか、なかなか決心がつかなかった。それはなんといっても他人の所有物であり、どのように都合良く考えても、包装を勝手にはぐ権利は私にはない。もしそうしたければ少なくとも息子の雨田政彦の許可を得る必要がある。しかし、政彦にその絵の存在を知らせる気になれなかった。それは私と雨田具彦の間のあくまで個人的な、一対一の問題であるような気がしたのだ(コイツは政彦の父・雨田具彦と一面識もないのに、何が一対一なんだ)。どうしてそんな奇妙な考えを抱くようになったのか説明はできない。でもとにかくそう感じたのだ。」そうだというから呆れてしまう。

 

結局、この先の展開は自ら招いた結果であり自業自得としか言いようがないのだが、他人まで巻き込む権利は主人公にはなかっただろうにと思ってしまう。

 

それはまるでパンドラの箱の鍵を開けてしまった時のような状態なのかな。そして皮肉にも、それがストーリーを展開していくことになる訳なので、いくら普通ではあり得ないことをなしてしまう主人公であっても、ここはそっとしておくしかないのだろう。