岡田トオルは、法律事務所に法律職(と言っても弁護士ではなく法務助手、例えば小室圭のようなものか)として勤務していたが、嫌気がさして事務所を辞めてしまう。いっときは、妻クミコのヒモのような存在だったが、彼女が男を作って逃げ出してしまうと母親の遺産で何とか食い繋いで生き延びていた(この時点で自分は捨てられたと観念して妻を諦めるだろうし、逆に女性ならば二度とトオルの元に戻ることはしないので、男のあくなき執着の物語なのかなと思った私なのです)。

 

結局、クミコは最初の男の後、数え切れない男と愛欲に溺れて完璧に身体を汚してしまい精神的にもおかしくなりなりかけ、そんな状態では、夫トオルの元に戻れる訳もなく、仕方なく兄・ノボルを頼ったのが間違いの元凶となるわけだが、それがストーリー展開に無くてはならない要素ともなった。

元来、変態性欲者のノボルはクミコを待っていたかの如く受け入れ、彼の精神的構造物の迷宮の中にまんまと取り込んでしまう。要はクミコの精神を汚して、身体を取り戻しても心は虚な精神異常状態に貶めたわけで、その状態が続けばクミコの自殺した姉のように多分、彼女も命を絶っていただろう。

 

また、トオルは、ある晩クミコがとった理不尽とも言える態度に、トオルの知らないクミコだけの世界を予感し、さらにその世界がトオルに真っ暗な巨大な部屋を創造させた。そして、「結婚生活というのは一体なんだろう?」と弱気に呟いているわけだが、しかしその疑問こそがまさに問題の核心に踏み込んでいたことを後で気づくことになるわけだ。

 

さて、クミコの失踪時に「クミコは黙って何も言わずに僕を捨てるような人間ではなく、何故去っていくかの理由をできる限り僕に伝えようとするはずだ。それには100%確信があった」というトオルの発言から、どこまで自意識が過剰なのかトオルという男はと思わず失笑してしまうのです。

 

一方、笠原メイが「『奥さんがもし戻ってきたい』と言ったら受けいられるか」と尋ねられた際には「それは難しい問題だな。実際にそうなった時に、あらためて考えるしかないね。」と今更ながらノーテンキなトオル君、こんなんじゃクミコさんに呆れられ捨てられても所詮仕方ないんですね。

 

逆に、嫌悪の対象・綿谷ノボルとの口論の際に「男がいるなら仕方ない、でも僕はクミコの口からそれを聞きたいし、それまでは何も信じない、良いですか、当事者は僕とクミコなんです。あんたが口出す問題じゃない」と何も知らないトオルは怒りから、何の根拠もなく思わずノボルに言い放つのでした。

 

しかし、クミコからの手紙を読んで「僕はクミコについてのいったい何を知っていたのだろうと僕は思った。僕が理解していると思っていたクミコは、そして何年にもわたって妻として抱いて交わっていたクミコは、結局のところクミコという人間のほんの僅かな表層に過ぎなかった。僕とクミコが二人で過ごしてきたこの六年という歳月はいったい何だったのだろう。そこには何の意味があったのだろう。」とノボルの手紙

への関与があったことは明確なのだが、直筆のクミコの手紙は改めてトオルを見事にノックアウトすることになった。

 

唐突な出来事発生!。ある日の深夜、突然トオルが寝ているベッドの中に現れたのが、丸裸の加納クレタだった。

クレタは、綿谷ノボルに犯された一部始終を話すと、その際の汚れを落とすために、トオルに最後の娼婦として抱いてほしいと頼み込み、トオルは承服して彼女を抱いた。

結局のところ、当初は夢の中だけだった加納クレタとの性行為も現実でやっちゃう破天荒さには呆れるばかり、しかも彼女への愛情さえ感じられなかったためか、クレタが一緒にクレタ島に行こうと誘うが、結局は断る。

 

後で笠原メイに「どうしてクレタ島に行かなかったの?どうしてここから逃げ出さなかったの?」と聞かれた際、トオルは「僕には賭ける側を選べないからだよ」と答えた。

 

私の意見では、「クレタ島に行くことがトオルにはベストな選択だ」と思っているが、そうするとクミコはノボルにより永遠に損なわれてしまい自殺まで至ったかもしれないわけで最もリスクの高い方を選ばざるを得なかったのだろうと納得した。

 

ナツメグがかつて「それで、一体どこからあなたはクミコさんを救い出すことになるのかしら?その場所には名前のようなものがついてくるのかしら?」とトオルに聞いたことがある。

それに対して、途方に暮れているトオルは「どこか遠くです」と答えるしかなかった。

 

ナツメグは「それってモーツァルトの『魔笛』みたいね、魔法の笛と、魔法の鐘で王子さま(タミーノ)が遠くのお城に囚われたお姫さま(パミーナ)を救い出す。タミーノと鳥刺し男は、雲に乗った三人の童子に導かれ囚われの城まで行くのよ。・・・最後には王子さまはお姫さまを手に入れ、パパゲーノはパパゲーナを手に入れ、悪人たちは地獄に落ちる。」というオペラの筋書きを話てから「でもあなたには今のところ鳥刺し男もいないし、魔法の笛も鐘もない」

 

↑鳥刺し男パパゲーノ

 

これに対して、トオルは「僕には井戸がある」と答える。

 

結局、自宅でクミコを待つことを選んだトオルだが、うまい解決方法は見当たらず、彼の手探りの試練の始まりとなるわけだが、ここからのお話はまさに荒唐無稽(普通の井戸を使用した不思議な解決法)な馬鹿話と言ってもいい展開となっていくわけで内容は今更どうでも良く、結果は不利だったトオルが一発逆転満塁ホームランを彼のバット(一旦は無くしたはずで諦めていたもの、それは映画「ア・フュー・グッド・メン」で軍法会議の弁護士役のトム・クルーズが愛用のバットが見当たらずに途方に暮れるようなシーンがあったわけだけどね)で叩き出し賭けに大勝利するというわけで、悪人の綿谷ノボルは地獄に落ちることになる(映画「ア・フュー・グッド・メン」では司令官役のジャック・ニコルソンが裁判で地獄を見るわけだけど)。

 

問題はお姫さま役のクミコだが、簡単に手に入れられるわけではなかったことだった。

それは、トオルが「クミコは兄殺しで逮捕され、留置場でもトオルを含め誰とも会おうとはしなかった。全てのかたがつくまではということだけどね(本当にそうだろうか?、クミコの本心は如何に・・・もしかすると永遠に帰ってこないのかもしれない)。」とメイに希望的感想を告げると。

「ねじまき鳥さんはクミコさんが戻ってくるのをまたずうっと待つのね?」というメイの問いに素直に頷くのだった。

 

そして、「結局のところ、こうなるように物事を進めてきたんだろうね」とトオルは何ら根拠のない回答をし、さらに「もし僕とクミコとの間に子供が生まれたら、コルシカという名前にしようと思っているんだ。」とまんまと夢で見たクレタとの間にできた子の名をパクり夢見事を言うのだった。

 

結局のところ、総合するとトオルという男は自分勝手で怒りやすいご都合主義の男なんですな。

 

さて、最後になるが、第三部でトオルを取り巻く関係がまとめてられている不思議な箇所がある。

 

まず、「トオルと彼の顧客たちは彼の顔のアザによって結びついており、このアザはシナモンの祖父と結びついている。」

次に、「シナモンの祖父と間宮中尉は、旧満洲の新京で結びついており、間宮中尉と占い師の本田さんは満洲とモンゴルの特殊任務で結びついて、トオルとクミコは本田さんを綿谷ノボルの家から紹介された。」

そして、「トオルと間宮中尉は井戸の底によって結びついている。間宮中尉の井戸はモンゴルにあり、トオルの井戸は彼の屋敷の庭にある。ちなみに、この屋敷には中国派遣軍の暴虐を尽くした元指揮官(ピストル自殺した)が住んでいた。」

 

「全ては輪のように繋がり、その輪の中心には戦前の満洲・中国大陸・昭和十四年のノモンハン戦争があった」なんて書いてるけど、そもそも中心が三ヶ所もあるのはちと無理がありませんかね村上先生、これなら満州国一つに絞れますね。

 

それらは、みんな僕やクミコが生まれるずっと前に起こったことなのだ(じゃあ過去なんかに触れなければ良いんじゃない?)。

少なくともトオルはシナモンの祖父(満洲国。新京の動物園で獣医だった)・間宮中尉・本田さんとは結びつくけど、クミコは誰とも(せめて本田さんくらいか)結びつかず、自分の伯父が満洲国にいたことと言ってもトオルとは関係のない話だし、こういう話を無理やり作るから訳がわからん話が出来上がってしまうんだよね。逆に言えば、村上春樹作品にするにはこの訳のわからんややこしさが必要だと思う今日この頃です。