高速増殖原型炉「もんじゅ」が廃炉になることが決まるようですね。

 

 

この「もんじゅ」に今まで払ってきたきた事業費の累計は1兆400億円にもなり、さらに維持費が毎年200億円かかっているそうだ(朝日新聞)。

 

 

財務省からは1兆円以上の巨費を投じながら何の成果もなく、この費用対効果に国民は到底納得できるものではないと言い放ったそうです。

 

そもそも失敗の原因には動燃のお役所体質(失敗隠しも常態化していた)と研究至上主義があったようだ。

 

 

欧米ではとっくに高速増殖炉の実用化は取りやめたそうだ。

 

 

さて、安倍政権になってから日本は、再び基本的には石炭火力と原子力を主力とする福島第一原発事故以前の電源構成(エネルギーミックス)に戻すことを計画しているのだ。

 

NPO法人 環境エネルギー政策研究所(東京都中野区)所長の飯田哲也氏は、「政府と重工業界の考え方は全く変わっていません。これからも原子力発電と石炭火力発電を続けていきたいのです」と説明する。

 

2011年に原発事故が発生するまで、日本は電力の半分を原子力発電で賄うことを目標としていた。

 

しかし、福島第一原発でメルトダウンが発生すると、当時政権を握っていた民主党の野田内閣(2011年9月2日〜2012年12月26日)は原子力発電から決別し、不足する電力を再生可能エネルギーと化石燃料で補おうとした。

 

2011年の年末、もっとも深刻な被害を受けた双葉町では見知らぬ土地で放射能に怯えて慣れない仮住いをさせられているというのに、加害者の東京電力では社員たちはボーナスを貰い安心した年越しをしておりました。

 

さらに、その後福島では子供達を中心に明確な健康被害が起きているのに

2012年に政権を奪回して今日に至る自民党の安倍内閣は、日本の電源構成に原子力発電を再び盛り込み、できるだけ多くの原子炉を再稼働させようと計画している。

 

再び原発を再稼動させるのはこんなに危険な日本列島でなぜなのか

 

あまり知られていないが「日米原子力協定」の存在がある。

 

これは1988年7月に発効した条約で、アメリカから日本への核燃料の調達や再処理、資機材・技術の導入などについて取り決めている。正式名称は「原子力の平和的利用に関する協力のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定」といい、アメリカの了承がない限り、原発を止めることができない協定なのです。

 

有効期間は30年で、2018年7月に満期を迎える。有効期限の6か月前から文書で通告することによって協定を終了させることができるが、この事前通告がなされない限り協定の効力は継続することになっている。当時の野田首相が2030年稼動ゼロと言っていましたが結局2030年代と訂正することになり、今のところ9年さらに延長となるのでしょう。

 

WIKIによればこれに遡ること1955年11月14日、アメリカから日本へ濃縮ウランを貸与するための「日米原子力研究協定(昭和30年12月27日条約19号「原子力の非軍事的利用に関する協力のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定」)」がワシントンD.C.で調印され、同年12月27日発効しました。

 

これには研究原子炉用に20%濃縮ウラン235を6 kgを限度に賃貸すること、使用済み核燃料のアメリカへの返還、貸与燃料を目的どおり使用すること、使用記録を毎年報告することがとりきめられていました。

 

この協定に基づいて、日本最初の原子炉として日本原子力研究所に二つの研究炉(JRR-Ⅰ、JRR-Ⅱ)が導入されたのです。

 

 

2015年末にパリで開催される国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)を前に、日本政府は2015年7月に温室効果ガス削減に関する約束草案を国連に提出した。

約束草案には、2030年までに日本の電力需要の20~22%程度を原子力発電で賄うという目標が明記されている。再生可能エネルギーの割合は22~24%で、水力発電と太陽光発電がその大半を占めることになる。

 

日本では原子力推進派という財界、官僚、学会、大手マスコミが一体となって組織が反対派は徹底的に排除しているのです。

 

アメリカとの関係を知らしめるような以下のような事例があったそうです。

 

1971年ベトナム戦争盛りの頃、アメリカの大統領補佐官だったキッシンジャーが、中国訪問時、当時の周恩来首相から「アメリカはソ連がチェコ侵攻を認めなかったのになぜ自国の軍隊を日本に駐留させているのですか?」と尋ねたことがあるそうです。

 

 

それに対してキッシンジャーは「もし今、米軍が日本から撤退すると、日本が行なっている原発稼動によるプルトニュウムで簡単に原爆を開発できてしまうのですが、中国はそれでも良いのですか?」と切り返したそうである。