●多賀大社

その昔は伊勢神宮よりポピュラーで参拝者が多くいたらしい

当社は中世から近世にかけて伊勢・熊野とともに庶民の参詣で大いに賑わったそうで  「お伊勢七度熊野へ三度お多賀さまへは月参り」との俗謡もあるくらいその当時の人たちの信仰あつき社でありました。また、多賀大社隆盛の理由としては、近江国が交通の結節点であったことも挙げるべきでしょうが、名神高速道路ができてからは、素通りされてしまうようになってしまいました。


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・あの太閤秀吉からあつい信仰得ていたんだ

1588年には、日頃から多賀社への信仰篤かった豊臣秀吉が「3年、それがだめなら2年、せめて30日でも」と母(大政所)の延命を祈願し、それが成就したとして社殿改修を行うとともに大名に与えるに等しい1万石を寄進した。


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・太鼓橋を渡ってみたよ。

この秀吉との深い縁があったからでしょう、境内に正面にある石造りの太鼓橋(大僧正慈性により1638年造営)は「太閤橋」の雅名でも呼ばれているのです。


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・なんと司馬遼太郎氏も参っておりましたか。