『良い戦略、悪い戦略』 リチャード・P・ルメルト著 村井章子訳(2012年6月22日第1刷)

 

 

 

◇ 第2部 良い戦略に活かされる強みの源泉(第6章から第15章) ◇

 

 

 

第1部で繰り返し述べたように、ごくおおざっぱに言えば、良い戦略とは最も効果の上がるところに持てる力を集中投下するところに尽きる。短期的には、手持ちのリソースを活かして問題に対処するとか、競争相手に対抗するといった戦略がとられることが多いだろう。そして長期的には、計画的なリソース配分や能力開発によって将来の問題や競争に備える戦略が重要となる。

 

第2部では、良い戦略ではどのように強みが生み出され活用されているかを説明する。ここでは最も一般的で、かつ読者に新たな視点を提供できるものを選んだ。そして第15章では、これらの手法を一体的に活用した例として、3DグラフィックスのNVIDIAに注目する。

 

 

 

第6章 テコ入れ効果

 

 

良い戦略は、知力やエネルギーや行動の集中によって威力を発揮する。ここぞという瞬間にここぞという対象に向かう集中が、幾何級数的に大きな効果をもたらすのである。これをテコ入れ効果(レバレッジ)と呼ぶ。最も効き目のあるところに力を集中することが、戦略的テコ入れの要諦である。

 

 

■ 的確な予測でテコ入れ効果を引き出す

テコ入れ効果を得るには、的確な予測を行うことが重要になってくる。みごとな予測として、トヨタを挙げておこう。アメリカでガソリン喰いのSUVが大流行していた頃、トヨタは10億ドル以上をハイブリッド車の開発に投じていた。この戦略を支えていたのは、2つの予測である。1つは、エネルギー事情が逼迫する中で、将来的には燃費の良い車の需要が増大してハイブリッド車は主流的な製品カテゴリーになるというもの。

 

もう1つは、トヨタが先行してハイブリッド技術をライセンス提供できるようになれば、他社はそれに応じ、自前でより高度なシステムを開発する方向に進まないだろう、というものである。これまでのところ、どちらの予測も適切であったことが実証されている。

 

戦略的予測では、すでに起きた出来事を起点にして、世の中の趨勢、経済や社会の動向、他の関係者の動きなどを手掛かりに、「下流」で起こりうる出来事を予測するのが定石である。

 

 

■ テコの支点を選ぶ

テコ入れ効果を実現するためには、エネルギーやリソースの効果を数倍に高められるような「支点」を見つけなければならない。適切な支点を選んでテコをあてがえば、力は何倍にもなる。それは、自然に形成されたか人為的に作られたかを問わず、何らかの不均衡であることが多い。ほんの小さな力をそこに加えるだけで、抑えられていた不満や蓄積されていた力を解放する。たとえばニーズは高まっているのに、それに応える製品やサービスが提供されていないとすれば、それは1つの不均衡である。また、開発された能力が十分に発揮されていないとか、他にも応用が期待されるケースなども、不均衡と言える。

 

 

■ 集中によってテコ入れ効果を得る

限られているものを集中投下したときの見返りは大きい。これは、1つには、制約があるからだ。リソースが無制限にあったら、どの目標にするか、誰も真剣に悩まないだろう。リソースに限りがあるからこそ、投入する対象を厳しく吟味せざるを得ない。

 

集中が大きな見返りをもたらすもう1つの理由は、「閾値効果」が表れるからである。このようなケースでは、ターゲットを選び、手持ちのエネルギーやリソースを集中投下することが望ましい。たとえば、広告には閾値効果があると考えられる。すなわち、ほんの少しだけ広告を出してもほとんど効果はなく、閾値を超えて初めて反応が現れるのがふつうである。このことから、まんべんなく長期にわたって広告を出すよりも、短期間に集中豪雨的に出すほうが効果があると考えられる。

 

同様の理由から、企業のストラテジストは、大きな市場でシェアを獲得するより小さな市場を独占するほうを好む。また政治家は、国民全体に広く薄く便益をもたらすより、特定の集団に明らかな利益を提供するほうを好む。

 

組織で集中が生まれる要因としては、閾値効果のほかに、経営幹部の注意や認識能力に限りがあることが挙げられる。人間が一度に5つのことをやろうとしてもうまくいかないのと同じように、組織も重要な課題に同時にいくつも取り組むのは無理がある。

 

心理学の観点から言うと、集中ができるのは、閾値以下のシグナルに気づかないか、無視するからである(これを心理学用語で「サリエンス[顕現性]効果」という)。あるいは、勢いづいていて成功が成功を呼ぶような好循環に入っているときも、集中が起きる。

 

このような集中によって大きな成果をあげ、人々の注意を集め、世論をも変えた例は少なくない。たとえば、2つの学校をみごとに生まれ変わらせることができたら、200の学校が2%ずつ改善されるより、世間は強い印象を受けるだろう。こうして人々の見方を変えることができれば、その行動を支持する動きが生まれ、自ら力を貸したり後押ししたりする人が現れて、一段と効果が高まる。