『子どもの貧困対策と教育支援』 末冨 芳 (2017年9月30日第1刷)

 

 

 

◇ 第2部 当事者へのアプローチから考える教育支援 ◇

 

 

 

第10章 静岡市における学校プラットフォーム化 / 末冨 芳 (日本大学) 川口正義(静岡市教育員会スクールソーシャルワーカー&スーパーバイザー)

 

 

 

1  オーソドックスで丁寧な静岡市の子どもの貧困対策

 

 

静岡市のひとつひとつの取組みは、基礎自治体としてオーソドックスである。しかしオーソドックスな子どもの貧困対策に丁寧に取り組んでいる点にこそ、静岡市の強みがある。基礎自治体として、子どもの貧困対策への取組み水準を上げることが可能な仕組みづくりとして、市役所の部局内連携や学校現場とスクールソーシャルワーカーの連携が静岡市には見出せる。

 

2014年の内閣府 「子供の貧困対策に関する大綱」 制定からまだ4年、若い政策領域である子どもの貧困対策を日本のどの自治体でも進めていくためには、先端的な改革と同様にオーソドックスで丁寧な取組みも知られていく必要がある。

 

子どもの貧困対策は長期の取組みとなるが、息切れせずに自治体が取組みを進めるようとする時に、静岡市の子どもの貧困対策とくに学校のプラットフォーム化は、多くの自治体にとって必ず参考になるケースである。

 

 

 

2  静岡市における学校プラットフォーム化

 

 

学校のプラットフォーム化とは。ほとんどすべての子どもがアクセスする公立小中学校を中心に、貧困状態にある子どもや保護者への支援拠点として、学校が機能することである。

 

とくに、教職員がまず子どもの課題の背景に貧困問題があることに気づけるよう専門性を向上させることと、子どもや家庭の課題に気づいた教職員が課題を抱え込まず専門職であるスクールソーシャルワーカーや外部機関との連携により課題を解決していく 「専門職協働型学校プラットフォーム」 (末冨 2016, p.26)が学校現場では展開されつつある。

 

しかし、子どもの貧困問題は教育と福祉にまたがる課題であるため、行政内でどの部局が改革を担当し、また多忙な学校現場とスクールソーシャルワーカーがどう連携していけばよいのか、模索段階にある自治体も多い。

 

静岡市では、学校プラットフォーム化の手法は、①市役所内の部局間連携会議(三局連携会議)の設置と総合教育会議による子どもの貧困対策の推進、②学校の課題発見・共有能力の向上、③スクールソーシャルワーカーの職務の 「見える化」、の3点にその特徴が見出させる。

 

 

① 市役所内の部局間連携(三局連携会議)による子どもの貧困対策の進展

静岡市の子どもの貧困対策に関する部局間連携については、次のような経緯で発展してきた。まず子ども政策を優先課題として認識する市長のリーダーシップのもとで、2013(平成25)年度に保健福祉局(現・保健福祉長寿局)を再編し子ども未来局を創設、2013・2014年度にかけて 「静岡市第三次総合計画」 「静岡市子ども・子育て支援プラン」 「放課後子どもプラン」 の策定プロセスにおいて教育委員会と子ども未来局の連携が進展したことが契機となっている。市長が庁内で 「縦割りではない局間連携」 の大切さを常に強調したことも、連携に進化した背景にある。

 

こうした動きの中で2014年8月29日の子供の貧困対策大綱の成立を受けて、9月17日に子ども未来局が教育委員会、保健福祉局 (生活困窮者自立支援事業関連)、経済局(若者就労支援)の担当者を集め、関係会議を持つなど迅速な対応がとられた。

 

2016年度には総合教育会議(市長と教育委員が出席する市の教育の課題認識や方針決定をするための会議)において、生活支援の活動現場を視察した教育委員から子どもの貧困対策において福祉部門と教育委員会との連携の必要性が提言された。現在はとくに静岡市の子どもの貧困実態調査に関する連携が行われている。

 

教育委員会としては生活保護世帯に関する情報の共有体制などを他部局との検討課題の1つと認識している。総合教育会議が契機となり、子どもの未来局・教育委員会・保健福祉長寿局の三局連携会議が子どもの貧困対策のために発足している。

 

子どもの貧困実態調査が当面の課題であるが、2013年度以降の5年程度のスパンの中で子ども行政全般の連携とともに、子どもの貧困対策に特化した部局間連携へと進展を見せている点に、静岡市の子どもの貧困対策への取組みの真摯さを見出せる。

 

子どもの貧困対策において、自治体担当者から連携体制について筆者は質問を受ける場合もあるが、とくに教育委員会等との部局間連携の進展のなさが課題として認識される場合が多い。静岡市のケースは首長のリーダーシップが部局間連携の契機であったが、子どもの貧困対策のための三局連携会議までの進展の過程は、関係する市役所職員たちが子どもの貧困対策を重要課題として認識し、真剣に取り組む意識がなければ実現できない。

 

部局をまたいだ子どもの貧困対策に関する勉強会や、子どもの貧困対策実態調査等における関係者会議など、具体的課題を通じて市役所内の 「つながり」 を深めることが、基礎自治体における子どもの貧困対策を推進する際の、部局間の壁をなくしていく契機となるものと考えられる。

 

 

② 学校の課題発見・共有能力の向上

学校を登校している限りにおいては、子どもが授業に集中できなかったり問題行動を起こす等の変化については教職員が気がつく。しかしその背景に、貧困問題や家庭の課題があるのかどうかを、とくに若い世代の教員が気づくスキルがまだ蓄積されていなかったり、またスクールソーシャルワーカーという聞きなれない専門職に対する学校の警戒感が課題共有のさまたげになってしまう。

 

こうした課題に対応するため、静岡市では、各スクールソーシャルワーカーによる配置校や要請派遣校での校内研修およびスーパーバイザーによる管理職を対象とした研修等を行ってきたが、2016年度より教員の5年経験者研修と10年経験者研修(どちらも静岡市の該当年代の全教員が受講する研修で若手・中堅世代が対象)のプログラムの中に、スクールソーシャルワーカーが自らの実践を伝える時間を組み込む取組みを始めた。

 

また2017年度よりスクールソーシャルワーカー事業のいっそうの拡充を図るために 「拠点校巡回方式」 へと変更したが、校内研修においても市内の多くの小中学校で開催されるように積極的な取組みが始められている。これらは前述した総合教育会議の中の指摘を受けて、教育委員会が迅速に対応した成果である。

 

スクールソーシャルワーカーが関わる子どもたちがどのような家庭状況にあるか、スクールソーシャルワーカーや学校・関係機関がどのように子どものために連携して支援ができたかというケースを知ることで、教員が貧困状態にある子どもや家庭に困難を抱えた子どもに対しての感度を上げ、課題発見・共有能力を向上させていくことを目的としている。

 

研修の後では多くの若い教員が話を 「聞きたい、聞きたい」 とワーカーに長蛇の列をつくったケースがあるという。また学校事務職員研修では、子どもの貧困対策を学校でも進めるために、教育委員会による就学援助制度だけでなく生活保護制度について担当課の健康福祉長寿局・福祉総務課より制度説明が行われ、学校の窓口で家庭を生活保護につなげていくことも意識している。教職員研修における静岡市の丁寧な取組みは、他自治体でもすぐに実践可能なものといえる。

 

 

③ スクールソーシャルワーカーの職務の 「見える化」

スクールソーシャルワーカーに何ができるのか、教職員や家庭にはわからないことも多い。また行政の職員もスクールソーシャルワーカーや学校の教職員と、子どもや保護者の状況改善に取り組む際に、誰が誰とどのようにつながって、決定権を持つのか見えない場合もある。

 

静岡市では、スクールソーシャルワーカーが前述したように教職員に対し研修をしたり、生活支援や学習支援につなぐ際のスクールソーシャルワーカーの役割を明確化するなどの、職務の 「見える化」 を行っている。

 

2012年度より自主事業として生活支援と学習支援を立ち上げていた川口正義さん(「一般社団法人てのひら」代表理事、静岡市教育委員会スクールソーシャルワーカー&スーパーバイザー)の作成するスクールソーシャルワーカー便りは、保護者・子どもにも教職員にも、スクールソーシャルワーカーにどんな困りごとを相談できるのか、とてもわかりやすい取組みとなっている。

 

学校では 「一人職」 と呼ばれる専門職(学校事務職員、養護教員、栄養教職、学校栄養士やスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー)が多いが、 「一人職」 だからこそ教員や保護者・子どもとつながるために、 「便り」 「通信」 などで積極的に、職務や役割の 「見える化」 や情報発信を行う人も多い。

 

小さな工夫を丁寧に積み重ねていくことが、子ども・保護者や教職員、スクールソーシャルワーカー関係機関が連携する 「専門職協働型プラットフォーム」 として学校が機能していくための基礎となる。

 

 

 

3  学校からスクールソーシャルワーカーへ――子ども・家庭の課題が支援につながるまで

 

 

静岡市では、学校の教職員が、子どもや保護者の課題をどのように発見し、スクールソーシャルワーカーに情報をつなげるのだろうか。ここでは静岡市立A小学校での実際のケースをもとに、大きく3つのつながりを整理していく。

 

A小学校は児童数500人弱、児童の3分の1程度がシングルペアレント (母子家庭もしくは父子家庭)、就学援助率も1割程度と市内では比較的高く、教職員も課題を抱える保護者や子どもの対応が多い学校だと認識している。

 

 

■   前提 ・ 「中立」 なスクールソーシャルワーカーという立ち位置の理解

A小学校の校長・教頭ともに、スクールソーシャルワーカーが、学校側の立場ではない 「中立的な立場で関わっている」 ことが、もっとも助かる、という発言があった。

 

学校プラットフォーム化を実現していくにあたって、スクールソーシャルワーカーが学校側の人間ではない 「中立」 の立ち位置にあることを、管理職をはじめとした教職員が理解していることの意義は大きい。課題を抱えた保護者や子どもは、学校側の人間 (教職員)、と判断した人間には、心を開かないことが多い。スクールソーシャルワーカーの立ち位置を理解した発言が当たり前のように管理職から聞かれる点に、静岡市における学校プラットフォーム化の浸透が確認できる。

 

 

■   教頭 ・ 生徒指導主任等からスクールソーシャルワーカーに相談するケース

A小学校では、教頭に学級担任や級外、生徒指導主任、特別支援教育コーディネーター、養護教諭、学校事務職員から情報が集まる。週に1回、木曜日の職員会議の中で子どもに関する情報交換の時間が設けられており、すべての教職員によって、その時々に気になり支援の必要性があると考えられる子ども・保護者についての情報共有と支援の検討がなされている。また教頭がスクールソーシャルワーカーの担当コーディネーターとなりつつも、学級担任等からスクールソーシャルワーカーに直接の相談が気軽にできる体制もつくっている。

 

たとえば学校に来られなくなってしまった児童に登校の働きかけをする場合、保護者との溝が埋まらないケースではスクールソーシャルワーカーが保護者面談をしたり、保護者の考え方や家庭の状況への理解を深めていく方針をミーティングで共有する。

 

学校の多忙化の要因に保護者クレームへの対応があげられることもあるが、スクールソーシャルワーカーが関わることでクレームに振り回されすぎない学校運営にもつながっていく。学校へのクレームは保護者自身の心の悲鳴が別の形で表されていることも多い。クレームの背景に保護者自身の状況の変化がありうるという見方を教職員も共有し、それをスクールソーシャルワーカーとの連携で把握し、保護者への働きかけができる点も学校プラットフォーム化の特徴といえる。

 

 

■   教員の面談や家庭訪問にスクールソーシャルワーカーが同行するケース

保護者や子どもとの関係がこじれたら、管理職が担任と同席した面接となる場合も多いが、A小学校では管理職からの要請や時には担任からのリクエストで、スクールソーシャルワーカーが同席するケースもある。

 

たとえば言葉づかいが荒いヤンキー系の保護者との面談を行う際に、スクールソーシャルワーカーが保護者の特性を踏まえたうえでさりげなく介入する、というような手法で、担任や学校側と保護者との 「通訳」 や、保護者の思いを引き出していく役割を担う。これによって、保護者との信頼関係の改善につなげていく。

 

川口さんは学校側に、保護者とは 「どういうつなぎ方でもいい」 とつねづね伝えており、保護者の 「真のニーズ」 を引き出すきっかけとして、面談、家庭訪問、関係機関への動向などを行っている。

 

また教員から保護者への電話での言葉のかけ方なども、スクールソーシャルワーカーが職員室でアドバイスしている場合があるという。課題を抱える家庭では、学校の教員の一言一句がクレームの対象になる場合もある。保護者に拒否反応を起こさせにくい言い方を一緒に考えていくなどのサポートも行われている。

 

 

■   学習支援 ・ 生活支援と教職員とのつながり

静岡市の学校プラットフォーム化では、スクールソーシャルワーカーが子どもや家庭の状況を把握し、教職員と一緒になって生活困窮家庭のニーズの掘り起こしを行い、学習支援や生活支援へアクセスさせていく権限を持つ (末冨 2016, p.30)。

 

学校の教職員も、学習支援や生活支援の場を見学したり、ときにはボランティア参加する教職員もいるということで、静岡市では学校も学校外の支援の場も、両方子どもの成長のための大切な居場所であるという認識を、学校側も共有している非常に良い状況にある。

 

学校の教職員を支援するスクールソーシャルワーカーが、学校外の子どもの支援とのつなぎ役になっているという静岡市の制度設計の工夫もあるが、A小学校のように、学校内外での子どもの状況を関係者そろって共有する意識こそが、子どもの成長を支える学校プラットフォーム化の中軸になければならない。

 

 

 

4  「きづく」 「つながる」 「はぐくむ」 ――学校プラットフォーム化とは

 

 

2016年11月3日に進歩 「子どものためにつながろう!行政・学校・スクールソーシャルワーカーそしておとなたち」(一般社団法人・静岡県社会福祉協議会こども家庭福祉委員会主催・スクールソーシャルワークシンポジウム)が、静岡市教育委員会との共催により開かれた。そのシンポジウムにおいて、登壇された小学校の校長先生が、学校プラットフォーム化は子どもたちのために大切なことで、大人たちが 「きづく」 「つながる」 「はぐくむ」 ことが学校プラットフォーム化ということではないか、と意見を述べられたのである。

 

行政職員、学校の教職員、スクールソーシャルワーカーや地域住民など子どもと関わる大人たちが、まず子どもや家庭の課題に 「きづく」 こと、そして子どもや保護者と 「つながる」 だけでなく支援側の大人たちも 「つながる」 こと、そして、そのつながりを通じて、子どもや時には保護者を 「はぐくむ」 ことこそが、子どもたちにとってよりよい現在と未来につながっていく、という学校プラットフォーム化への理解が学校現場でも進んでいる静岡市の素晴らしさをあらためて感じる瞬間であった。

 

学校プラットフォーム化とはそれ自体が目的なのではなく、子どもたちのより良い現在と未来のために大人たちが 「きづく」 「つながる」 仕組みづくりである。静岡市の例は、どの基礎自治体においても、子どもたちのための学校プラットフォーム化やその質の向上が可能であることを示してくれている。

 

 

第11章 高校内居場所カフェから高校生への支援を考える につづく