『子どもの貧困対策と教育支援』 末冨 芳 (2017年9月30日第1刷)

 

 

 

◇ 第1部 教育支援の制度・政策分析 ◇

 

 

 

第9章 貧困からの大学進学と給付型奨学金の制度的課題 / 白川優治 (千葉大学)

 

 

 

1  はじめに―― 「子どもの貧困」 と奨学金制度の分断と接続

 

 

本書は、貧困状態にある子どもに対して、どのような教育支援を行うことが貧困の連鎖を防ぐことにつながるか、をテーマとしている。貧困環境にある子どもたちが、そうではない子どもたちと同様に高等教育への進学機会を得ることができるかどうかは、重要な視点となる。

 

なぜなら、高校卒業後の大学・短大・専門学校などの高等教育機関(以下、高等教育)への進学が7割を超える現在の日本社会において、経済的困難を理由に進学できないことは、そのことによって能力形成や就労機会などに 「同世代内での格差」 を生じる可能性があるためである。そして結果として、貧困状態から抜け出すことを困難にしてしまう。本章では、このような観点から、貧困状態にある子どもたちの高等教育への進学を経済的観点からどのように支えるか、そのための制度のあり方を考えていく。

 

経済的に困難な状況にある子どもの進学に対する経済的支援のための基盤として位置づけられてきた社会的制度は、奨学金制度である。また、奨学金制度の他にも、大学の学費免除・減額制度なども、学生に対する経済的支援として考えることができる。

 

しかし、このような高等教育進学者に対する経済的支援制度を、 「子どもの貧困対策」 として位置づけ、この観点からその役割や課題を検討することは、これまで十分になされてきたわけではない。なぜなら、これらの制度は、「子どもの貧困対策」 に限定されない、進学希望者に対する 「一般的」 な制度として認識されてきたためである。

 

 「子どもの貧困」 の議論の経過をみると、 「子どもの貧困」 についての多くの問題提起は、18歳頃までの 「子ども」 を主な対象としてみなされてきた。このことを、教育との関係に置き換えてみると、 「子どもの貧困」 と教育との関係は、初等・中等教育における就学援助や高校進学、高校中退の問題を中心に議論されてきたことになる。

 

この背景には、福祉制度における保護対象年齢とされる年齢は18歳であり (児童福祉法4条)、教育段階に置きかえれば高校卒業適齢までとなることが背景にあると推察される。このようなこれまでの状況は、高等教育進学者に対する経済的支援のあり方をめぐる議論と、子どもの貧困対策の議論は、これまで 「分断」 常態にあったということができる。

 

しかし、2013年に制定された 「子どもの貧困対策の推進に関する法律(以下、 「子どもの貧困対策法」)に基づく 「子どもの貧困対策」 は、生活支援・教育支援・進学支援を包括的に位置づけていくことを求めた。このことで、これまでの教育と福祉の 「分断」 状況は大きく変化することになった。

 

同法に基づいて2014年8月に閣議決定された 「子供の貧困対策に関する大綱」 において、その重点施策の1つに、 「大学等進学に対する教育機会の提供」 を項目に置き、このことを通じて、奨学金制度は、 「子どもの貧困対策」 の一部としての意味を持つことになった。

 

さらに、国による奨学金制度の動向からみると、2017年3月31日、日本学生支援機構法を改正する法律が国会で成立し、翌日からはじまる新年度より、低所得家庭の大学生を対象とした給付型奨学金制度が新設されることとなった。

 

これまで貸与制度のみしか存在しなかった大学生を対象とする国の奨学金制度において、返済の必要がない給付型の奨学金制度が導入されることは、我が国では初めてのことであり、奨学金制度において画期的な出来事である。

 

 

 

2  高等教育への進学機会の現状と課題

 

 

高等教育進学や大学生活への経済的支援を、なぜ 「子どもの貧困」 の観点からとらえなおすことが必要なのだろうか。現在の日本社会において高等教育進学はどのような意味を持っているのかを確認していこう。

 

 

■   高等教育進学の現状

 「子どもの貧困対策法」は、政府に対して、毎年、子どもの貧困の状況と子どもの貧困対策の実施状況を公表することを義務づけている (同法7条)。この 「子どもの貧困状況」 について、子どもの高校卒業後の進学状況を示したものが表1である。

 

子どもの貧困対策と教育支援 p221表1

 

表1から、全世帯の状況をみると、同世代の73.2%が高校卒業後に高等教育機関へ進学している。一方、生活保護世帯、ひとり親世帯、児童養護施設の子どもの高等教育進学率が明らかに低い。さらに、大学等(大学、短期大学)への進学状況(51.8%)をみると、生活保護世帯、ひとり親世帯、児童養護施設の子どもの進学率は、全世帯の2分の1にも満たない。これらの家庭・生活環境の出身者には、そうではない家庭の出身者と比べて、大学進学に大きな壁があることを示している。

 

 

■   進学率格差が持つ社会的問題―― 「ユニバーサル段階」 と 「大学全入」 時代の非進学

現代の日本社会において、高校卒業後の進学は 「ユニバーサル段階」 や 「全入時代」 を迎えたと理解されている。このことが持つ社会的意味をふまえ、進学状況の格差がどのような社会的問題を生じるのかを見ていきたい。

 

 「ユニバーサル段階」 とは、1970年代に、アメリカの社会学者であるマーチン・トロウが提起した、進学率を指標とした教育システムの発展状況や特徴を整理した説明の一部である (マーチン・トロウ 1976)。

 

具体的には、進学率が同世代の15%までの段階を 「エリート段階」 として位置づける。そして、進学者が増え、幅広い人たちがその教育を受けるようになり、15%から50%まで進学率が増加する段階を 「マス段階」(大衆化段階)、さらに50%を超える進学率となると、誰もが受けることができる教育として 「ユニバーサル段階」(普遍的段階)として位置づける。

 

 「エリート段階」 での教育は、その教育を受けた者は少数であり、特別な存在であることから、社会的に重要な職業や地位に就くことが想定される。つまり、その教育を受けたことが個々人の直接的な利益につながる。他方、 「ユニバーサル段階」 では、誰もが受けることができる教育となる。そのため、教育を受けることによる利益よりも、その教育を受けなかったことが個人の不利益につながる。

 

このモデルを参考に、前節でみた、現代日本における高等教育への進学状況を再度確認してみる。全世帯の状況では、高等教育全体が73.2%、大学等進学率が51.8%となっており、 「ユニバーサル段階」 として位置づけて理解できる。つまり、高等教育を受けることは日本社会では特別なことではなくなっているのである。

 

他方、児童養護施設の出身者をみると、大学等進学率は11.1%でしかない。このモデルにあてはめてみれば、 「エリート段階」 となり、児童養護施設出身者にとって大学等に進学することは特別なことになる。生活保護世帯・ひとり親世帯の出身者の大学等進学状況についても、 「ユニバーサル段階」 からは遠い状況にある。

 

これらの世帯・生活環境の出身者の大学等進学率が、全世帯の進学状況のいつ頃の状況に当てはまるかをみてみよう。児童養護施設出身者は1951年の水準、生活保護世帯出身者は1968年水準、ひとり親世帯出身者は、1970年水準となる。つまり、これらの生活環境にある子どもたちの進学状況は、日本社会全体の50年前の水準なのである。このことは、この問題の深刻さを示唆している。

 

1990年代以降の日本では、経済状況の悪化を背景に、雇用求人数が減少し、若年層の就業機会が縮小した。とくに高校卒業者に対する求人の落ち込みは大きく、1990年に134万件あった求人件数は、2010年には19万件に減少している。同時期の大学卒業者に対する求人件数は、1990年は78万件、2010年は72万件としてほぼ同水準となっている。このような求人状況の推移、とくに高校卒業者を対象とする求人の減少とそれが回復しなかったことは、高校卒業者が就職よりも進学を選択する要因の1つとなったみることができる。

 

個々人の進学か非進学の選択は、高等教育機関への進学・在学費用を負担できるかどうかによって大きく左右されることになった。この結果、経済的に不利な家庭環境を有する子どもたちが取り残されることになり、その教育を受けなかったことによる影響を受けることになっているのである。

 

ここで重要なことは、進学しないことそれ自体が問題なのではなく、経済的要因により進学を選ぶことができないことが問題であり、その結果、進学状況の変化に取り残されている現状にあることの問題である。

 

 

 

3  社会課題としての学費・奨学金

 

 

■   大学の学費負担をめぐる現状と課題

進路選択をわける要素が、学力から費用負担能力に変わってきたことは、高等教育にかかる費用(学費)とそれを支援する制度に対する社会的注目を高めることとなる。

 

現在の高等教育機関の授業料の年額平均額をみると、文科省の調査によれば、2014年度の私立大学の初年度納付金の平均額は、私立大学131万円、私立短大が111万円となっている (文部科学省 2015)。

 

さらに、大学等は、その立地状況に地域差があるため、希望する大学に自宅から通学できるとは限らない。文部科学省の 『学校基本調査』 を用いて、2016年3月の大学進学者の状況を確認してみると、出身高校と同一県内の大学への進学率は42.5%であり、半数以上は高校所在県とは異なる都道府県にある大学に進学している (文部科学省 2016)。

 

高等教育の経費を負担している家計を直接示すものではないが、類推可能な参考データとして、厚生労働省の国民生活基礎調査から 「児童のいる世帯」 の所得分布の推移を5年ごとにみたものが表2である。

 

子どもの貧困対策と教育支援 p228表2

 

表2から、子どもを持つ家庭の平均所得は、1995年から2010まで減少傾向にあったことがわかる。ここで注目したいことは、2010年までの推移の中で、300万円未満の所得世帯が増加傾向にあり、2015年でも12.5%を占めていることである。大学進学がユニバーサル段階を迎えながら、低所得層が増加傾向にあったことは、学費負担能力が十分ではない家計の高校生が、進学と非進学の選択に直面してきたことを意味している。

 

家計の収入状況と高校生の進路選択の関係は、高校生への調査に基づいて、家計年収400万円程度を分岐点として、家計年収が高ければ高いほど進学を前提に進路を考えることが指摘されている (東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター 2009)。家計収入の状況と高校卒業後の進学か就職かの進路選択は関連している。

 

また近年、継続的な学生生活の調査から指摘されている、自宅外学生に対する家計からの仕送り額の減少(全国大学生活協同組合連合会 2017)も、このような状況が背景にあるものと推察される。

 

 

■   社会課題としての奨学金制度――奨学金制度の社会問題化

高等教育段階の学費負担の重さとそれを負担できるかどうかによって、高校卒業後の進路選択が左右される状況が生じてきた中で、注目を集めてきたものが教育機会を開かれたものとする社会的制度としての奨学金制度である。

 

現在、国による奨学金制度は独立行政法人日本学生機構(JASSO)により運営されている。現在の利用者は134万人であり、大学生・専門学校生の2.6人に1人が利用している。

 

旧来、無利子貸与制度が国の奨学金制度の根幹とされ、貸与人数の中心を占めていた。しかし、大学進学者の増加を背景に1999年に有利子貸与の量的拡大が行われる。一方で、2000年代の経済状況の中で奨学金の返済が困難になる奨学金利用者が増加し、返還されるべき貸与金の滞納額が増大していく。その結果、滞納額の増大は行政課題として指摘され、運営組織としての日本学生支援機構は返済管理の強化に取り組む。その結果、奨学金制度のあり方が問題として告発され、社会問題として指摘されるようになる。

 

そして、奨学金問題が貧困問題や 「子どもの貧困」 「格差社会」 という社会全体のあり方に関連づけられることで、思い学費負担の中で、奨学金制度が貸与制度のみであるという制度全体のあり方が問われ、構造的問題として位置づけられるようになってきたのである。

 

 

 

4  奨学金制度の見直しと給付型奨学金の制度枠組み

 

 

■   奨学金制度の見直しの動向――所得連動型奨学金制度と給付型奨学金制度

奨学金制度のあり方が社会問題として焦点化されてきたことを背景に、2010年代には、国の奨学金制度を見直すための政策的な議論が進められてきた。その具体的な動向が、所得連動型奨学金制度と給付型奨学金制度の創設である。

 

所得連動型奨学金とは、貸与奨学金制度の返済に対して、事前に設定された一定額の所得を得るようになるまではその返済を猶予し、また、所得状況によって返済額を変動させることで、卒業後、所得が低い状況にある場合に、奨学金返済が生活負担にならないようにすることを目的とする仕組みである。

 

これまで貸与奨学金の返済は、利用者の所得状況にかかわらず毎月一定額を返済することが原則とされていたため、所得が低い場合には返済の負担が実質的に大きくなる状況にあった。所得連動型奨学金制度では、低所得層の返済負担を軽減することになり、奨学金返済の不安を軽減することができることになる。

 

この制度は、収入が300万円を超えると年収額にかかわらず一定額を返済することとなるものであり、返済額が所得に連動するわけではない。現在、日本学生支援機構では、この制度は 「猶予年限特例」 として位置づけている。

 

そして、2017年度より、新たな所得連動返還型奨学金返済として 「所得連動返還方式」 が無利子貸与制度の利用者を対象に導入された。この制度は、2016年に導入されたマイナンバー制度と連動したものであり、卒業後の所得に応じて返還月額が変動するものである。

 

所得が低い場合には、返還月額が少額となり、所得が多くなれば返還月額が大きくなる (課税対象所得に9%を乗じて12で除した額。その額が2000円以下になる場合、2000円)。所得状況にあわせた返還を可能とすることで、返還負担の軽減が図られることとなる (ただし、所得がない場合でも2000円の返還月額が設定されている)。しかし、無利子貸与の利用者のみが対象となっていることなど十分ではなく、今後の拡充が課題である。

 

他方、貸与制度のみしか持たなかった我が国の奨学金制度に対しては、旧来から、給付型奨学金創設の必要性が指摘されてきた。貸与制度のみの場合、低所得層が返済負担を理由に借り入れを避けようとする 「ローン回避」 が生じるため教育機会の均等が不十分であること(小林 2008)が指摘されてきたことがある。

 

しかし、2016年3月に、急遽、これまで具体的な制度として検討されてこなかった給付型奨学金が具体的な政策課題として位置づけられることとなる。この背景には、2016年7月には18歳選挙権が実現して初めての国政選挙が予定されており、政権党としての若年投票者への政治的アピールの意図があったことが指摘されている。そして、2017年3月に新制度を定めた改正法が成立することで、2018年度から本格実施されることとなった。給付型奨学金は、政治主導で短期間に制度化されたのである。

 

 

■   給付型奨学金の制度枠組みと特徴

2018年度から本格実施される給付型奨学金制度の採用手続きは、次の通りである (日本学生支援機構 2017a)。

 

大学等への進学・進級前の高校等在学者のうち、家庭状況・経済状況の条件として、①住民税非課税世帯もしくは生活保護受給世帯、②社会的養護を必要とする生徒のいずれかに該当する者の中から、各学校が定める 「給付奨学生採用候補者の推薦基準」(以下、 「推薦基準」)に基づいて学力条件、人物、健康条件を満たす者を、各学校が日本学生支援機構に推薦する。

 

日本学生支援機構は、各校からの推薦に基づいて採用者を決定する。採用者には、国公立大学進学者では、自宅通学の場合は2万円、自宅外通学の場合は3万円、私立大学進学者には、自宅通学の場合は3万円、自宅外通学の場合は4万円が毎月給付される (ただし、国立大学で授業料の全額免除を受ける場合には、自宅生は給付額が0円、自宅外生は2万円に減額される。また、社会的養護が必要な対象者には一時金として入学時に24万円が支給される)。受給者には、毎年、翌年度以降の継続について資格審査があり、成績不振による留年の場合などには給付が打ち切りとなり、その場合には、過去にさかのぼって給付金の返還が求められるとされている。

 

2018年度の対象総数は2万人とされている。なお、日本学生支援機構の貸与奨学金 (無利子・有利子)、他団体の奨学金との併給は認められている。

 

この制度の特徴は、希望者が在籍する高校等を通じて申し込みを行うことであり、在籍校が推薦者を決める予約型であることにある。新たな給付型奨学金制度では経済的用件のみでなく、学力要件と人物等の定性的な観点が 「学力及び資質に関する要件」 として、推薦要件に求められているのである。

 

 

 

5  給付型奨学金制度の成果と課題

 

 

2016年度に政治主導で創設された給付型奨学金制度は、これまで貸与制度しか存在しなかった国による奨学金制度において画期的な意味を持つものである。しかし、今回設定された制度枠組みを、 「子どもの貧困対策」 の観点から検討すると、いくつかの課題が見受けられる。

 

 

■   「子どもの貧困対策」 からみた給付型奨学金制度の課題

今回の制度は、毎月2~4万円を給付するものである。そのため大学に納付する学費負担を直接軽減するよりも、学生生活にかかる費用負担の一部を支援する側面が強い。なぜなら、給付額は年額総計でも1年間の学費相当額には届かないし、また、支給タイミングが月ごとであり、学費納入時期とは異なる時期設定であるためである。学費負担を軽減することを目的にするのであれば、学費納入時期に一定額を一括給付することが望まれる。

 

本稿では、支給金額の規模よりも重要かつ根本的な問題点として、制度の枠組みについて、 「子どもの貧困対策」 の観点から大きく2つのことを指摘したい。第一は、経済的要件のみでなく、 「学力及び資質に関する要件」 が受給者の選定基準に含まれたことである。第二は、対象者の選定を在籍高校単位で行うこととされたことである。

 

前者が問題であることは次のことからである。近年の学力形成についての研究は、家庭の経済的状況や家庭環境が子どもの学習達成に関連し、貧困家庭ほど学力の達成状況に課題があることを明らかにするとともに、貧困家庭の子どもほど、さまざまな社会的活動を経験する機会に乏しいことを指摘している (お茶の水女子大学 2014)。

 

今回の給付型奨学金制度では、 「学力及び資質に関する要件」 が選考条件とされることで、すでに、一定の学力を有する者のみを対象とするものとされた。貧困状況にある子どもの学力形成に構造的な課題がある中でこの要件を設定することは、意欲を有していても各学校の設定する学力要件を満たさず、対象とならない高校生が生じることとなる。

 

給付型奨学金を 「子どもの貧困対策」 の具体化として位置づけるとすれば、重要なことは、経済的支援を通じて貧困の連鎖を防ぐことを実現するための制度を設計することだろう。そのため新たな制度には、経済的要因によってこれまで与えられなかった機会を提供する福祉的発想が必要となる。

 

今回、すでに一定の学力要件を満たす者を支援する(=育英)という奨学金制度の旧来的発想の延長にある制度として創設されたことにより、対象選定の段階から限定的なものとなってしまうことが懸念されるのである。

 

第二に、対象者の推薦を高校単位で行うことの問題点は、 「学力及び資質に関する要件」 が高校在学時の状況をもとに、高校教職員による選考をもって推薦者が選定されることにある。

 

約5000校が存在する多様化した高校教育の現状とユニバーサル段階を迎えた高等教育進学を前提とするとき、高校内での学業成績に基づいて推薦を得て対象者を決めることに、どれほど実効性があるかは疑問である。

 

また、個々の高校単位での判断となるため、選考過程が現実に統制され、公正性が保証されるわけではない。学校において1名から数名の推薦が想定される中で、学校単位の選考による恣意性が危惧されるのである。具体的には、その高校の指導方針にそぐわない進学希望者は排除されることが懸念される。

 

このような2つの制度上の課題は、給付型奨学金制度が、 「奨学金」 としての側面を強く持つ、学校が関与する教育的制度として設計されたことによる。 「子どもの貧困対策」 に求められる福祉的観点からみると、この制度設計は批判的に検討されなければならない。そして、その状況は制度実施後に検証されることが必要である。

 

 

 

6  まとめ

 

 

奨学金制度の見直し、とくに給付型奨学金制度の創設は画期的なものであり、家庭環境や経済状況に課題を抱える子どもたちの進学機会を拡充する効果が期待できる。

 

しかし、新設された給付型奨学金制度では 「育英」 の側面が強調され、経済的背景のみでなく、 「学力及び資質に関する要件」 を要するものとされ、高校を通じた選考により教育的観点からの指導を含めて候補者を選定する制度とされた。教育的な制度として構築されたため、福祉・社会保障としての意義・観点の弱いものとなっている。このことは 「子どもの貧困対策」 の観点からみると、制度的障壁となる可能性がある。

 

他方、社会調査によって示された結果からは、 「福祉施設出身・ひとり親など家庭環境の恵まれない者」 「生活保護受給世帯など家庭が経済的に厳しい者」 であれば、それのみで給付型奨学金の対象とすることに社会的支持を得ることができることが示唆されている。

 

今後、制度の見直しとして、学校による候補者の選考や 「学力及び資質に関する要件」 を見直し、純粋な 「経済的支援」 として位置づけることが求められる。 「子どもの貧困対策」 としての給付型奨学金は、経済的支援を通じて教育機会を提供し、能力を育成する社会制度と位置づけていくことが望まれるためである。

 

 

第2部 当事者へのアプローチから考える教育支援

第10章 静岡市における学校プラットフォーム化 につづく