『子どもの貧困対策と教育支援』 末冨 芳 (2017年9月30日第1刷)

 

 

 

◇ 第1部 教育支援の制度・政策分析 ◇

 

 

 

第8章 高校における中退・転学・不登校――実態の不透明さと支援の市場化 / 酒井 朗 (上智大学)

 

 

 

1  高校における就学・修学問題の重要性

 

 

貧困にあえぐ子どもたちがそれぞれの置かれた境遇から脱して自立して生活できるようになるためには、高校教育を修了することはきわめて重要である。高校進学率が98%に及ぶ現在の日本では、高卒の学歴がなければ正規雇用されることは難しく、不安定な生活を送ることを余儀なくされる。それだけに、高校に進学できるかという就学の問題や、高校で勉学に打ち込み無事卒業できるかという修学の問題は貧困対策としてもきわめて重要が課題である (酒井・林 2012)。

 

このような問題関心に基づけば、高校を辞めることは大きなリスクを抱えることになる。また、欠席が続いて高校を辞めるというケースも多いため、長期欠席や不登校の問題にも十分な対応が求められる。しかし、これらの問題への対応は、義務教育段階の児童生徒の問題への対応と比べると不十分だといわざるを得ない。

 

たとえば、小中学校では、1990年代に不登校問題がクローズアップされていく中でスクールカウンセラーが配置されるようになったが、高校への配置は今も少ない。文部科学省の調べでは、2014年にスクールカウンセラーが配置された学校は小学校で1万246校、中学校で8404校あったが、高校では1454校にすぎなかった。

 

義務教育である小中学校と比べると、高校ではすべての生徒の就学や修学を十分に保障するための制度設計ができていないように思われる。

 

 

 

2  中退・転学・不登校の実態

 

 

■   高校中退と転学の実態

中退は義務教育ではほとんど見られないという点で、高校教育に特徴的な問題である。社会的に高校教育を修了することが半ば義務化されている中で、高校中退は非常に重大なリスクを負っている。

 

中退問題で不明なのは、各学年の生徒のうち、卒業までにどのくらいの者が中退しているのかである。また、転学する生徒の数については、そもそも統計がとられていない。2014年度の高校1年生について見ると、全日制の生徒は110万5175人であった。これに対し、2016年度の全日制の卒業者数は103万7715人であり、2014年度の1年生よりも6万7460人、割合で見ると6.1%減少していた。

 

この中には全日制高校を中退した生徒のほか、全日制高校から定時制や通信制の高校に転学した生徒等も含まれる。いくつかの留保すべき事項はあるものの、全日制高校の生徒は、入学してから卒業までに6%程度が中退ないし転学していると思われる。

 

実態をより正確に把握するうえでは、東京都教育委員会の不登校・中退退学対策検討委員会が2016年2月に出した報告書が参考になる。

 

子どもの貧困対策と教育支援 p198表1

 

それによれば、全日制では、2012年4月に入学した生徒のうち、2014年度末までに退学した生徒は1264人であり、入学者の3.1%にあたる。また退学と転学(表では 「転出」)を併せた生徒数は2489人であり、その割合は、2014年度入学者に関する全国推計の割合とほぼ同じく、6.0%に達した。

 

また、定時制では、2014年4月に入学した生徒のうち、修業年限の間に辞めた生徒は1531人と、入学者の33.6%に上った。この割合は全日制の退学者の10倍以上である。

 

 

■   高校生の不登校

不登校の統計上の定義は、年度間に連続または断続して30日以上欠席した長期欠席に関する4つの理由(「病気」 「経済的理由」 「不登校」 「その他」)の1つである。

 

2015年度の問題行動調査によれば、不登校生徒数は中学生では9万8408人であったが、高校生では4万9563人であり、中学生の半分でしかない。全生徒数に対する不登校生徒数の比率は、中学校では2.8%を占めているが、高校は1.5%にすぎない。また、図2に示されているように、小学校から中学校にかけて不登校は学年進行とともに増え続け、中学3年生が最も多い。

 

子どもの貧困対策と教育支援 p200図2

 

高校の不登校が少ない理由の1つは、図2の数値に通信制課程の生徒が計上されていないことがある。高校には全日制と定時制のほかに通信制があるが、問題行動調査は通信制課程を対象に含めていない。

 

しかし、近年では通信制は定時制を上回る生徒数を抱えており、不登校経験のある生徒の多くが通信制課程に通っている。出席日数をあまり要しない通信制においては、そもそも、欠席という概念が成り立たず、欠席を通じて見えてきた生徒の不適応問題を掌握することができない。

 

不登校の高校生の多くが学校を辞めていることは、問題行動調査の結果からもうかがえる。2015年度の問題行動調査によれば、当該年度において不登校の高校生の27.2%は中退した。卒業までの間には、この割合をかなり超える割合の生徒が退学しているものと推測される。また、転学を含めると、相当数の不登校生徒が卒業前に通っていた高校を辞めていくものと思われる。

 

子どもの貧困対策と教育支援 p201表2

 

 

 

3  中退や不登校の背景にある貧困の問題

 

 

■   高校中退と貧困

古賀(2015)が東京都立高校の中退学者全員を対象とした質問紙調査から見出した結果によると、2010年度と2011年度の中退者988名から得た回答によれば、同居する家族の中に父親がいないケースが全体の4割以上を占めた。母親がいるケースも84.0%に過ぎず、残りの16%は母親とは暮らしていなかった。

 

また、家庭の暮らしに 「ゆとりがある」 または 「ややある」 と回答した者は全体の32.4%と、3分の1程度であった。このほか、古賀は、家庭内の文化資本も尋ねており、 「自分の学習机がある」 家庭は53.2%、 「家で新聞をとっている」 と答えた家庭も51.7%に過ぎなかった。

 

また、重(2015)は、千葉県において入試偏差値が40以下の6つの高校で、中退に関する調査を実施している。2009年度の高校1年生で、その学年末までに中退もしくは転学をした生徒110名について、それぞれの担任教諭にアンケートで尋ねたところ、生徒の半数、すなわち55名は母子家庭、父子家庭など、実の両親がそろっていない家庭の出身であった。また、この55名のうち、半数以上の28名はアルバイトまたは職についていた。このことから重は、彼らの多くが経済的な問題を抱えていることが予想されるとしている。

 

さらに、青砥(2009)は埼玉県や大阪府において、入学偏差値の低い高校に、中退する生徒が集中していること、そして、そのような高校には低い社会階層の家庭の生徒が多く、経済的に不利な状況にあることが多いことを指摘している。彼は埼玉県の高校における生徒の実情を詳しくレポートしているが、そこから見えてくるのは、親の離婚、失業、家庭内暴力、虐待など、貧困に連なるさまざまな家庭内の問題である。こうした問題を背景にして、子ども自身の生活が乱れ、そしてそこから低学力や不登校の問題などが複合的に絡み合って、中退へと至るのである。

 

このようにして、中退問題の背景に貧困の問題が存在していても、それは表面化しにくい。それゆえ、貧困の問題への支援という観点から中退問題に切り込むことがなかなかできないのである。

 

 

■   「脱落型不登校」 ならびに経済的理由による長期欠席

高校の問題を考えるうえで注目すべきデータは、長期欠席の理由に占める経済的理由の多さである。2015年度の問題行動調査によれば、経済的理由で長期欠席になっている小中学生は合わせて51名しかおらず、これに対して、高校では1606名に及び、全体の2.0%を占めた。

 

とくに公立でそうした生徒が多く、1440名に達し、割合は2.4%であった。2014年度より高等学校等就学支援金制度が開始され、一定所得以下であれば助成が受けられることとなっているが、それでもかなり多くの生徒が経済的理由で高校を長期欠席しているのである。

 

 

 

4  各自治体における支援の取り組み

 

 

このように高校における中退・転学や不登校の問題はさまざまな課題をはらんでおり、手厚い支援が必要となっている。しかしこれらの問題は、統計上はそれほど重大な状況ではないかのように見えてしまうこともあって、対応が後手に回りがちである。また、それらの問題と家庭の経済的な困難との関係も見過ごされがちである。

 

 

■   東京都立高校の転学・編入学希望者のための補欠募集の取り組み

就学や修学に係る費用が安価な公立高校は、経済的に困難を抱える世帯の多くの生徒にとって重要な教育機関である。しかし、その公立高校において不登校になるなどの学校不適応を生じさせて転学や退学を検討しなければならなくなることがある。その場合、同じ公立の他の高校に転学できたり、あるいはいったん退学しても容易に編入できれば、生徒が勉学を続けるうえで大きな支えとなる。

 

都立高校ではこうした問題意識から、2014年に 「東京都立高等学校補欠募集(転学・編入学)要項」 を制定し、補欠募集の目的を、 「高等学校等入学後の進路変更希望に応え、中途退学の未然防止を図るとともに、教育を受ける機会を確保する」ことと定めた。

 

2016年に出されたガイドラインには、具体的な取り組みが提言されている。たとえば、補欠募集において使用した学力検査問題等についての情報を志願者に積極的に提供し、転学や編入学を希望する生徒が受験しやすい環境づくりに努めることもその1つである。

 

ただし、これはあくまでも指針に過ぎず、どの程度実際に各高校が問題に積極的に取り組み、都立高校間の生徒の移動が活発化するかは不透明である。

 

東京都教育委員会では2016年度第2学期から補欠募集結果を公表している。過去3回分(2016年度第2学期、 第3学期、 2017年度第1学期)を1年間の実績として合計すると、この制度を利用して転学ないし編入学できた生徒は、全日制で154人、定時制で233人であった。

 

 

■   沖縄県の中退対策の取り組み

沖縄では、1980年代に入って進学率が90%を超えたころから、中退問題に関心が向けられ、繰り返し対策が取られてきた。2002年まで同県の中退率は全国平均よりも常に高い状態にあり、数次にわたり中退対策が講じられてきた。その特徴は、中退する生徒が抱えるさまざまな困難を理解し、そうした困難を理解し、そうした生徒をできるだけ高校教育内部に留めておこうとする包摂的な学校文化の醸成に努めてきたことにある。

 

たとえば、同県の取り組みにおける画期として、1993年に県立高等学校中途退学対策推進委員会が出した 「高等学校中途退学対策について」 という答申がある。この中では、生徒本人の努力不足のみに原因を求めるのではなく、学校の努力不足もその要因であることが明確に指摘され、それまでの適格主義の高校教育観からの脱皮が求められた。単位保留懸念科目で再考査が実施されるようになり、1994年度からは休学規定が1年間から3年間に延長された (藤原ほか 1998)。

 

また2000年には、県立高等学校中途退学対策促進委員会が、 「高等学校中途退学対策――中途退学問題の解決に向けて」 という報告書を出し、これを受けて、沖縄県では 「全員卒業」 という基本方針が掲げられ、それが指導の指針となっていった。

 

そして、この基本方針の下で、中退の多い高校に対し教員が加配されるとともに、県立泊高校通信制課程に附設する形で2003年に 「高等学校生徒就学支援センター」 が設置された。同センターの目的は、就学に困難を抱える生徒に対し、高校生としての学籍を残したまま休学する猶予の時間を与え、その間に就学支援を行うことにある。元の高校から泊高校通信制課程に移籍し、泊高校の生徒として在籍する形で、無料で休学の扱いを受けられる。期間は1年更新で最長3年間在籍できる。

 

同センターの資料によれば、このセンターができたことで、沖縄県では2003年から2013年度までに、1971名の生徒が学籍をこのセンターに異動して転入し、そのうち469名が転学照会により異動の形で他校に転学、138名が退学した後に再受験により編入学し、そして1103名は就職等の進路に就いた。

 

 

 

5  私立通信制高校の役割と課題

 

 

高校中退は2000年代の初頭まで毎年10万人を超えていた。それがその後急速に減少したのは、こうした自治体の取り組みとは別の取り組みがあったことがうかがえる。

 

この点について、内田、濱沖(2016)は、2000年代後半以降、転編入経験を持つ15歳から17歳の生徒の受け皿として私立通信制高校が機能するようになってきたことを明らかにしている。私立通信制高校は、中学時代に学校不適応となり不登校になった生徒にとっての主要な進学先ともなっており、近年その社会的役割が増大している。

 

各年度の学校基本調査の集計結果によれば、1990年から2015年までの25年間に全日制の生徒数は547万人から320万人に、定時制も15万人から10万人を下回るまでに大幅に減少した。また、通信制課程も公立は減少している。こうした中で、私立通信制高校だけがこの間に7万人から11.3万人に増えたのである。学校数も、1990年には17校しかなかったが、2015年には160校(うち独立校93校)にまで増大している。

 

全日制高校が毎日学校に登校することを義務づけているのに対して、通信制高校は 「自分のペースに合わせて学べる」 ことを強調する。通信制高校に在籍する生徒には、中学校時代に不登校だった生徒や、高校に入ってから不登校になって全日制を辞めて転校してきた生徒が多いが、それはこの 「自分のペースに合わせられる」 ことが魅力的に映るからだと思われる。

 

また、近年急速に拡大してきた私立通信制高校は、サポート校や技能連携校などとも連携し、ヘアメイク、ネイルアート、ファッション、アニメ、声優、ダンスなど、さまざまな若者文化の要素を教育内容に取り入れ、若者の関心を集めようとしている。

 

なお、私立通信制高校の学費は何日スクーリングに行くのかで異なっている。私立通信制高校は、週1日コースであれば、私立の全日制高校に行くよりも学費は安い。通信制高校に関するある情報誌によれば、2016年度の授業料は就学支援金の減額を受けた場合、平均で19万4000円と書かれている。ただし、それに付随して、通学タイプ別費用や専門コース費用、サポート校費用などがかかるとも書かれている。

 

ある広域型の通信制高校では、1年次に他校から転入学して週5日通学するコースに通う場合、就学支援金の減額を受けた場合で62万円の校納金を支払うことと記載されている。また、ある芸能系のプログラムを用意しているサポート校ではダンス科に通うために初年度に支払う学費は77万円である。

 

一方では、自宅学習を基本として、学費を低く抑えている通信制高校もあり、ある高校では納入税額が低い家庭の場合、最低で年間7万円程度で学修できることを謳っている学校もある。

 

このように、私立通信制高校は多くの転学、編入学者を受け入れているが、そこでは市場化されたサービスが提供されており、経済的に困難を抱える家庭の生徒は、そのすべてを享受することは難しい。

 

 

 

6  まとめ

 

 

経済的に困難を抱える家庭の出身者が安定的な収入を得て窮状から脱しようとする場合、高校卒業資格は必須である。しかし、高校には、生徒の就学や修学を保障するという観点から、学校に行かないでいるこれらの子どもの現状を正確に把握し、必要な対応をとらなければならないという関心が低い。義務教育段階の学校での対応とは大きな段差があるのである。

 

自治体の取り組み例からは、これまでの取り組みにおける課題も見えてくる。たとえば、都立高校では転入学試験の改革が強く求められていたが、これはそれまで問題を抱えた生徒への支援ができていなかったことの証でもある。改革案から見えてくるのは、都立高校間での生徒の移動の困難さであり、転学に必要な情報の未開示であり、転入の際の厳しすぎる評価である。

 

また、沖縄の中退対策からも、適格主義に基づいてきたそれまでの高校教育の指導観、生徒を退学に至らしめるさまざまな内規の存在など多くの課題が見えてくる。就学支援センターの取り組みは、高校教育を決まった年限で卒業しなければならないとする認識を反省させるものである。

 

私立通信制高校は、現代社会において高校卒業資格が必須であるという社会的要請と、それにもかかわらず就学や修学への支援が不十分である現状との狭間で、生徒や保護者に対して必要なサービスを提供し、高校修了を支援していこうとする取り組みだといえる。

 

しかし、それは他方では、そうした狭間にある人々から高額な学費を請求していくことともなっている。自立した学修ができない生徒にとって、自宅学習を中心とした通信制での教育が多くの困難を抱えることは容易に想像できる。

 

高校に行かないことがもたらす不利益を社会全体で共有し、実態の正確な把握とそれに基づいた公的な支援の仕組みの構築、こうしたことが経済的に困難な層の子どもの支援には何より求められている。しかしながら、高校生に対する支援は、実態把握の点からすでに多くの問題が生じている。そして、実態の不透明さの中で支援が市場化され、その支援に与れない層が結果的に排除される構図が立ち現れているのである。

 

 

第9章 貧困からの大学進学と給付型奨学金の制度的課題 につづく