『子どもの貧困対策と教育支援』 末冨 芳 (2017年9月30日第1刷)

 

 

 

◇ 第1部 教育支援の制度・政策分析 ◇

 

 

 

第7章 制度化される学習支援――制度化によって学習支援はどう変化するか / 佐久間邦友 (郡山女子大学)

 

 

 

1  はじめに

 

 

近年、学校外において教育委員会主催の大学生などを活用した学習支援事業や貧困世帯の子どもたちを対象とした学習支援など地方自治体主導の学習支援事業が盛んに行われている。

 

2014年1月、 「子どもの貧困対策の推進に関する法律」 が施行され、子どもの貧困対策は国、地方自治体の責務となり、これを受け2014年8月 「子供の貧困対策に関する大綱」(以下、 「子供の貧困対策大綱」)によって子どもの貧困対策の方針が示された。

 

また、2015年4月に 「生活困窮者自立支援法」 が施行された。ここでは生活困窮者世帯に対してさまざまな支援メニューを行うよう自治体に求められたのだが、そのメニューの1つに生活困窮者の子どもの学習支援事業が組み込まれていることは注目すべき事項といえるだろう。

 

つまり、これらの法制化によって、これまで自治体の独自施策として位置づけられてきた学校外での学習支援事業が、国家的な教育政策として新たに認められたといってよいだろう。

 

このような状況において筆者は、子どもに対する 「学習支援」 は 「学校」 の内と外を基準として、 「学校を中心とした学習支援」 と 「学校外を中心とした学習支援」 の2つに分類することができると考えている。記述した 「生活困窮者自立支援法」 によって実施される学習支援事業は、 「学校外を中心とした学習支援」 として捉えている。

 

ただ、学習支援事業は、子どもの貧困対策法施行前より一部の自治体では自主的に実施されてきた事業であり、たとえば、秋田県東成瀬村 「地域学習教室」 は、学習塾などの学校外教育の補完を目的に実施されており (拙稿 2010)、子どもの貧困対策のためだけに学習支援事業が実施されてきたわけではない経緯もふまえておくべきである。

 

本稿では、 「学習支援が制度化されることによって学習支援事業はどのように変化するのか」 を問うことにする。

 

 

 

2  常態化する学習支援――学校外を中心とした学習支援

 

 

■   「学校」 以外の教育施設を利用する構造

これまでの学習支援とは、学校(一条校)に通うこと、なおかつ公立の小・中学校に通うことを前提に行われてきたといえるだろう。たとえば、低所得者世帯・家庭の子どもに対する就学援助や給食費補助をはじめとする公費補助をあげることができる。

 

しかしながら、高等学校への進学率が98.0%を超える中で、高校受験をはじめとする上級学校への進学に際して、受験準備として 「学習塾」 をはじめとする学校以外の教育機関を利用する子どもたちが多いことは周知の事実である。

 

全国学力・学習状況調査の質問紙調査結果によれば、公立小学校に通う小学生の通塾率は、毎年増減はあるものの、2007年度44.7%であったのに対して、2016年度は45.9%と増加傾向にある。公立中学校に通う中学生の通塾率も増加傾向にある。

 

子どもの貧困対策と教育支援 p167図1

 

ここで特筆すべきことは、通塾率が増加傾向にあることではなく、公立小・中学校に通う子どもたちの約半数が学習塾などを利用しているという事実である。つまり、日本の子どもたちは、 「学校」 以外の教育施設を利用する 「学校」 + 「学校外教育」 というセットの学習の構造が構築されつつあるといえよう。

 

子どもたちに対して、自治体が学習支援をする背景には、子どもたちの個々人の抱える困難さ(いじめによる心理的ダメージや、学習意欲の低下)や社会的要因(学習塾の商圏外で地理的に阻害されている、家庭の貧困による学校外の学習機会の剥奪、外国籍や無戸籍児童生徒、不登校児童生徒などの困難を抱えた生徒に対する公立学校の不十分なサポート)が存在する。

 

岩月(2013)は自身が教育支援員として関わった経験より、埼玉県の生活保護受給者チャレンジ事業の対象になる子どもたちのバッググラウンドを 「低学力の背景としては、まず学習環境が整っていないという問題がある。家に勉強部屋・机・辞書などがそろっている方が少なく、訪問した際にも書類を書く場所さえ見つけることが難しいこともあった。これでは学校の宿題や予習復習どころの話ではない。また、多子家庭の場合は、下の子たちが騒ぐので家では勉強できないというだけでなく、まだ幼い弟や妹の世話をするために学校に行けないという子さえいた」とまとめている。

 

学習支援も個人的要因にきめこまかくアプローチしようとするものと、より広い子ども集団(社会)に集合的に対応しようとするグループアプローチをしようとするもので類型化される。

 

子どもの貧困対策と教育支援 p168図2

 

また学習支援の事業主体として捉えると、行政による貧困の子どもたちに対する学習支援事業には、文部科学省所管事業の 「地域未来塾」 と厚生労働省管轄の生活困窮者自立支援制度それぞれが実施されており、 「教育」 と 「福祉」 双方からのアプローチ策が講じられている。

 

 

■   学習支援事業の多様性

学校内外問わず、学習支援事業そのものは、教育施策において特別新規性を帯びた事業ではない。学校外の学習支援に焦点をあててみれば、これまでも、何かしらの理由で学習塾のような学校外教育機関を利用できない子どもたちへの学習支援として、教育委員会と学習塾が連携し、子どもたちに対して直接的に学校外教育を提供する学習支援、または家計に対して塾代などの支援を行う学習支援のいずれかが実施され、貧困の状態の有無にかかわらず、子どもたちに対する学習支援が1990年代以降各地で行われてきた。

 

たとえば、直接的な学習支援として、沖縄県の離島にある北大東村での 「なかよし塾」、青森県東通村 「東通村学習塾」、秋田県東成瀬村 「東成瀬村地域学習教室」 などがあり、貧困対策として実施されているものといえば、東京都江戸川区での中3学習会などの学習支援が有名である。家計への支援としては、東京都の 「受験生チャレンジ支援貸付事業」 や大阪市 「塾代助成事業」 などがあげられる。

 

また、学習支援事業の目的も貧困状態にある子どもたちへの支援や対策とは限らない。秋田県東成瀬村の場合、地理的条件で村内に設置されない学習塾などの学校外教育を自治体が補完する要素を持っていることがわかる。

 

表1は、私塾界(2008)がまとめた公立小・中学校と学習塾などとの連携の主なものである。このように学習塾との連携という形による 「学習支援」 事業を取ってみただけでも、その設置・実施主体、指導方法もさまざまであることが見て取ることができる。

 

子どもの貧困対策と教育支援 p170表1

 

 

 

3  学習支援の制度化に向けての推進力

 

 

■   子どもの貧困対策の推進に関する法律

2014年1月、 「子どもの貧困対策法」が施行された。子どもたちへの学習支援については、第10条で 「国及び地方公共団体は、就学の援助、学費の援助、学習の支援その他の貧困の状況にある子どもの教育に関する支援のために必要な施策を講ずるものとする」 と定められた。

 

つまり、 「子どもの貧困対策法」 の制定によって、これまで各自治体等でオリジナリティをもって取り組まれてきた生活困窮者世帯に暮らす子どもたちをはじめとするさまざまな子どもたちへの 「学習支援」 事業が制度化されたことになるのである。

 

また、学習支援といっても、単に 「学習指導」 を行うだけではなく、 「学習意欲の喚起」 やスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーなどの専門家による相談体制の整備・充実という 「学習指導」 に関連する周辺的支援も述べられていることも特筆に値することであろう。

 

 

■   地域未来塾

「地域未来塾」 とは、文部科学省が主導する仕組みで、地域住民の協力を得て、学習が遅れがちな中学生等を対象とした学習支援である。具体的には、経済的な理由や家庭の事情により、家庭での学習が困難であったり、学習習慣が十分に身についていない中学生等への学習支援を実施するものである。地域住民が参画する学校支援地域本部を活用することで、地域住民をはじめ大学生や教員OBなどが指導にあたる。

 

そして、学習が遅れがちな中学生等に対して学習習慣の確立と基礎学力の定着、高等学校等進学率の改善や学力向上を目指し、貧困の負の連鎖を断ち切ろうと試みるものである。

 

「地域未来塾」 は2015年度700中学校区で実施され、2019年度までには5000中学校区(公立中学校の50%)での実施を目指している。都道府県、政令指定都市、中核市が主体となって実施する施策であり、国からの補助率は3分の1である。

 

 

 

4  事例から見る学習支援――埼玉県の生活保護受給者チャレンジ事業

 

 

■   生活保護受給者チャレンジ事業の概要

2010年9月、埼玉県は、リーマンショックなどの景気低迷を発端とする国の緊急雇用創出基金事業等を活用し、教育・就労・住宅の3分野に教育支援員、職業訓練支援員、住宅ソーシャルワーカーなど専門の支援員を配置し、福祉事務所のケースワーカーと連携しながら、生活保護受給者の自立を支援する県の独自事業 「生活保護受給者チャレンジ支援事業 (以下、アスポート事業)」 を開始した。

 

アスポート事業は、職業訓練支援員事業、住宅ソーシャルワーカー事業、教育支援員事業の3つの総称である。職業訓練支援員事業では、生活保護受給者本人に適した職業訓練メニューを提供することに加え、支援員が対象者とともに支援計画を作成し、職業訓練の受講、求職活動にいたるまで一貫した支援を実施する。住宅ソーシャルワーカー事業では、無料定額宿泊所を利用している生活保護受給者らを民間のアパートに転居できるよう支援を行っている。

 

そして、教育支援員事業では、生活保護世帯の中高生を対象とした無料学習教室を開催し、元教員や大学生のボランティアによる学習指導を行い、高校進学や高校中退防止などを支援している。

 

 

■   教育支援事業の概要

アスポート事業における教育支援員事業とは、埼玉県内(さいたま市を除く)の生活保護受給世帯のうち中学生及びその保護者に対して、高等学校進学の重要性に対する理解を促し、基礎学力の向上により高等学校への進学を支援することを目的に開始した事業である。

 

支援内容は、 「教育支援員による訪問支援」 「学習教室での支援」 に分けることができる。具体的には、埼玉県が業務委託する団体(一般社団法人「彩の国子ども・若者支援ネットワーク」)が特別養護老人ホームなどの会議室等で学習教室を設置して学習指導を行うとともに、家庭訪問などを実施し、生活保護世帯で暮らす子どもたちの学習意欲の喚起や養育相談も行うものである。

 

たとえば 「教育支援員による訪問調査」 では、教育支援員が家庭訪問を行い、生徒やその保護者に対して高等学校進学の重要性などの理解を促し、高校受験に関わる願書・入学手続き書類等の提出などの支援も行う。 「学習教室での支援」 では、高校入試に向けたマンツーマンの学習支援を行う。それに伴って教材は参加者の学習進度に合わせたものを準備している。開催時間や開催頻度は、平日の夜間(18時から20時)や土曜日(半日程度)に開催し、各教室あたり週2日の開催頻度であった。

 

2010年度、指導対象は、生活保護世帯で暮らす中学3年生のみ対象に実施していた。2010年度のアスポート事業において、家庭訪問や学習指導を行う支援員は30名と埼玉県内の大学の学生ボランティアであった。会場は、埼玉県老人福祉施設協議会の協力を得て、県内5か所、その後、県内10か所(熊谷・春日部・川口・ふじみ野・新座・北本・越谷・蕨・川越・所沢)の特別養護老人ホームのデイサービスルームや会議室を利用し、そこに 「学習教室」 を設置した。

 

 

■   支援の流れとそれを支える人々

学習支援の流れは、 ①プログラムの対象の候補となる県内の生活保護受給世帯の中学生のリストアップを行う、 ②福祉事務所ケースワーカーが支援対象の候補となる中学生及び保護者に対してプログラムの説明・教育支援員に対する個人情報の提供等について説明を行い、家庭の参加意向の確認を行う、 ③プログラムへの参加希望があり、かつ教育支援員に対する個人情報の提供等について同意が得られた場合、世帯単位での同意書の提出を求める、の3つのプロセスが初期段階に行われる。

 

そして、 ④各福祉事務所がプログラムを実施する事業者(教育支援員)に支援要請し、 ⑤教育支援員の初回訪問・面談とつながっていく。なお初回訪問時には、福祉事務所のケースワーカーも同行する。面談では、教育支援員より高等学校進学に向けた動機づけを行うとともに、学習面での支援の必要性などを把握する。

 

面談の結果を受けて、 ⑥対象者の状況に応じた訪問支援や学習教室での学習支援などを行い、 ⑦教育支援員及び福祉事務所が3月に対象者の進路の結果を確認し、学習支援が終了となる。

 

実際の教育支援には、委託団体の職員(教育支援員)のほかに県内の大学生ボランティアが指導にあたっている。実施にあたっては、埼玉県内の大学に協力を依頼し、2010年度は5大学 (埼玉大学・立教大学・大東文化大学・立正大学・埼玉県立大学)、2011年度は10大学(聖学院大学・浦和大学・獨協大学・文教大学・日本社会事業大学が追加)と連携した。

 

2016年現在、教室運営や家庭訪問等を行う専任スタッフは64名、教室で指導のみ行う学習指導員116名 (元教員など)、大学生のボランティア450名(35大学)で学習支援事業を行っている。またスタッフに求められる要件としては、教員免許や社会福祉士、臨床心理士、精神保健福祉士などである。

 

開催教室数は、中学生教室45か所、高校生教室28か所である。中学生850名 (うち中学3年生40%)、高校生250名を支援している。

 

 

■   教育支援事業が開始された政策的背景

アスポート事業開始の背景は、 「貧困の連鎖」 を防ぎたいという行政側の問題意識である。生活保護世帯で育った子どもが大人になって再び生活保護を受ける割合は25.1%という調査結果があり (道中 2007)、生活保護世帯で育った子どもたちが大人になり、再び生活保護を受ける 「貧困の連鎖」 を防ぐことは、中長期的な生活保護行政を構築していく中では、大きな問題であった (埼玉県アスポート編集委員会 2012)。

 

そのためには、 「高校進学」に焦点をあてて、高校進学の重要性を親に理解させるとともに、子どもたちに対して、学力の底上げを図っていく必要があった。 「高校進学」 に焦点をあてた背景について、龍前によれば、 「貧困の連鎖の原因の1つとして、生活保護世帯の高校進学率の低さが考えらえました。事業開始前の平成21年度の生活保護世帯の高校進学率は86.9%と県全体の進学率98.2%と比べ10ポイント以上も低かったのです。このため、生活保護世帯の中学生に学習指導を行って高校進学を支援することになりました」 と述べている (龍前 2016, p.6)。

 

 

■   教育支援員事業の成果と課題

事業の実績については、表2にある通りであり、2010(平成22)年度の開始当初160名の参加者(対象は中学生3年生のみ)であったが、生活困窮者自立支援制度がスタートする直前の2014(平成26)年度には545名(うち中学3年生は303名)と参加者が約3倍(中学3年生のみだと約1.9倍)増加したことがわかる。

 

子どもの貧困対策と教育支援 p181表2

 

高等学校進学率についても事業開始前(2009年度)には86.9%であったものの、翌年の2010(平成22)年度には97.5%(教室に参加した中学3年生305人のうち296人が高校に進学)に上昇し、その後97%台を推移、2015(平成27)年度の事業実績では、98.3%(市部:98.2%、町村部:98.9%)と前年度から11.4ポイントも増加している。

 

2013(平成25)年度からは、中学生の参加者を増やすことをめざし、支援員を30人から45人へ増員し学習教室を10か所から17か所へと拡大した。

 

その一方で課題も見えてきた。それは 「生活保護世帯の高校生の中退率」 である。龍前によれば、 「平成22年度に学習支援の対象であった中学3年生が高校1年生となった平成23年度の中退率を調べたところ、県内公立高校1年生の中退率が3.1%だったのに対し、さいたま市を除く全県の生活保護の高校1年生の中退率が6.9%と倍以上も高かった」 と報告している (龍前 2016, p.6)。

 

 

■   課題への対策――高校生への学習支援

中退理由を分析したところ、学業不振による中退が多いことが明らかになった。そこで高校生の学業不振を解消し、中退を防止する取り組みのために、2013年度から高校生の中退防止を推進するため高校生を対象にした高校生教室も開催した。この高校生教室の目的は2つある。まず学業不振解消のための学力向上、そして生活習慣の改善である。

 

まず、学業不振解消のための学力向上とは何か。これまで中学生教室では、大学生のボランティアの指導を受けていた。しかし生徒は、高校になると学習内容の高度化、商業科目や工業科目など専門科目の履修への対応が必要になる。もちろん委託団体でもその対応をすることになり、委託先団体に元高校教員の学習専門員を配置することで対応した。

 

次に生活習慣の改善とは何か。たとえば、夜間定時制高校の場合、高校の授業は夕方5時半頃から始まり午後9時頃に終わる。そのため、就寝時間は自然と遅くなり、高校生活にも慣れアルバイトなどに精が出始めると、就寝時間や食事回数などの生活リズムが崩れ、学校に通学することが億劫になり、最終的には高校中退という悪循環に陥ってしまうこともある。通信制高校の場合でも、課題レポートが提出できずに単位取得ができないこともある。

 

そのため、中学生対象の教室とは別に、高校生向けの学習支援を行っている。この支援を通して、たとえば学習教室での2時間を勉強や学校での悩みを教育支援員に相談するなどして過ごし、それから学校へ向かう。このことが生活リズムの改善につながり、中退防止に大いに役立っているようである。その結果、2013年度の中退率は5.2%、2014年度の中退率は4.6%と改善傾向にある (龍前 2016)。

 

 

■   アスポート事業の意義とは何か

アスポート事業による教育支援員事業の特徴は、学習面にとどまらない支援である。岩月(2013)は、アスポート事業の特徴を 「アウトリーチの支援」 と表現する。教室で子どもたちがくるのを待つのではなく、保護者や子どもとの面談、家庭訪問を行い、教室参加につなげることで、これまで手を差し伸べられてこなかった子どもたちへの支援も可能にした。それに加えて新たなニーズを掘り起こすことにも成功している。

 

 

 

5  法整備よる市部の事業選択

 

 

■   2015年度生活困窮者自立支援制度の概要

2015年4月、 「生活困窮者自立支援法」 が新たに施行され、生活保護に至る前のセーフティーネットとして新制度がスタートした。必須事業として、 「自立相談支援事業 (就労その他の自立に関する相談支援、事業利用のためのプラン作成等)」 と 「『住居確保給付金』(有期)の支給」 があり、任意事業としては、 「就労準備支援事業」 「一時生活支援事業」 「家計相談支援事業」 などがあり、具体的には以下の通りである。

 

・      就労準備支援事業:就労に必要な訓練を日常生活自立、社会生活自立段階から有期で実施する

・      一時生活支援事業:住居のない生活困窮者に対して一定期間宿泊場所や衣食の提供等を行う

・      家計相談支援事業:家計に関する相談、家計管理に関する指導、貸付のあっせん等を行う

・      生活困窮家庭の子どもへの 「学習支援事業」 その他の生活困窮者の自立の促進に必要な事業

 

ここで特筆すべき事項として、生活困窮者世帯の子どもへの 「学習支援事業」 があげられていることであろう。厚生労働省の資料によれば、新事業の概要として、 「統合補助金事業により、地域の実情に応じた柔軟な事業運営」 「生活困窮者の自立促進のための生活困窮家庭での養育相談や学び直しの機会の提供、学習支援といった 『貧困の連鎖』 の防止の取組や中間的就労事業の立ち上げ支援など育成支援」 などを謳っている。

 

 

■   法整備による市の事業選択

生活困窮者自立支援制度によって、アスポート事業の学習支援事業に関する枠組みが変更されることになった。これまで埼玉県が担ってきた事業を市に移管する必要が生じる。これは、 「学習支援事業」 も例外ではない。

 

また財源の問題もある。これまでは埼玉県の独自事業として行われてきた学習支援事業であるため、市の負担はなかった。生活困窮者自立支援法では、生活困窮家庭の子どもへの 「学習支援事業」 などの事業費は、国庫補助2分の1の地方交付税交付金事業とされる。つまり、残り2分の1は市の負担となるのである。これによって、市に学習支援事業の継続か否かを迫ることになった。

 

表3は、厚生労働省が2016年9月に発表した2016年7月時点の子どもの学習支援事業の実施状況・委託先一覧の埼玉県のみを抜粋し、筆者が編集したものである。

 

子どもの貧困対策と教育支援 p187表3

 

 

 

6  まとめ――制度化によって何が起きるのか

 

 

アスポート事業による教育支援員事業の特徴は、学習のみにとどまらない 「アウトリーチの支援」 であった。教室での指導に加え、保護者や子どもたちとの面談などを通してこれまで手を差し伸べられてこなかった子どもたちへの学習支援を実現した。加えて、高校進学率は事業開始以前よりも約10%ポイント上昇した。

 

生活困窮者自立支援制度が法整備されることで、各市は子どもの学習支援事業の実施の可否を選択する必要性が生じた。加えて市によっては、県の事業と同規模を維持していくのか、否かという選択等が生じた。あわせて、事業実施にかかる費用の半分の財源をどこから補填するのかという課題も新たに発生する。

 

また事業の継続が可能になったとしても、いつまで継続できるのかという課題もある。それ以外にも自治体の財政力低下による事業縮小・廃止である。とくに地方部における人口減少をしている自治体ではどのように財源を確保していくのか。次に、政治力学による事業縮小・廃止である。とくに首長や議員の意向によって学習支援事業の命運が左右されるといっても過言ではない。

 

もちろん、学習支援の制度化によるメリットもいくつかある。たとえば、市がこれまでの委託団体とは異なる団体を自由に指名することができ、自治体の状況に応じた学習支援を可能にしたということである。またこれまで独自に学習支援を実施してきた自治体によっては、学習支援事業の制度化によって国からの助成が受けられることもあるので、若干の財源の安定につながるといえるだろう。

 

つまり、法の施行によって、学習支援事業が制度化されることは、これまで一部の自治体で行われてきた事業を時にはよりきめ細かく丁寧な取り組みをすすめる推進力となり、時に事業の縮小や廃止という制限をかけることにもなり得るのである。