さようなら、自転車
さみしい。
つい先ほど、小さな自転車を廃棄してきた。
我が家の三姉妹全員が、お世話になった自転車だ。
長女の5才の誕生日プレゼントだったと思う。
その日、長女は自転車屋さんから乗って帰るといってきかず、小さなからだで数キロの距離を自分でこいだのだ。
5月の陽気のいい日で、長女は顔を真っ赤にして、汗をかいて、満面の笑顔で自転車をこいだ。
やがて長女は大きくなり、自転車は次女、三女と引き継がれていった。
3人ともこの自転車で、自転車に乗れるようになった。
僕が彼女たちの背中をおして、ある瞬間、すっと背中が僕の手から離れて、前へ進んでいく。
大切な思い出である。
1~2年ほどまえに自転車はパンクしてしまった。
パンクというよりタイヤのゴムの劣化であり、つまり寿命である。
錆びだらけだし、ハンドルの動きもかたくなっていたし、ブレーキもほとんどきかなくなっていた。
三女はまだ乗りたい様子だったが、もう直せないと思って、そのままにしていた。
もう一度、娘がこの自転車に乗る姿をみたかった。
どうにか直せばよかったと、後悔している。
マンションのごみ捨て場に自転車を置き、自転車に向かって手をあわせ、頭を下げた。