肯定と否定の一体無二 | 最高の瞬間の無限を生きるための世界観への道

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全てを必然として肯定すること


まずこれが第一にきます


なぜならば、物事は全てありのままに起こっているそのものだから


それを否定することは、有り得ない



不都合なことも、予想外のことも、不本意なことも、全て必然のこととして肯定されるべきです


しかし、それで良いという訳ではありません


だからと言って、否定もできません


否定は現実への抵抗となります




では、何を否定すべきなのか


否定すべきは、実は全肯定の中にあります


物事の本質の別の一面である、認識による観念であり、定義された既成のものといえますね


この既成の観念を否定することが、次にきます




物事を必然として肯定するのは、想像と認識による観念であり、これは物事の本質の一面を見ているにすぎません


なので、それだけを全てだと思い込んで肯定してしまうと、本質からかけ離れた肯定となります




しかし、その既成の観念・定義も必然の中にあります


その中で、否定も肯定もできない領域があり、それは矛盾した部分です


否定するものが実は肯定するものの一部です


また、肯定するものも、その認識自体を否定するということになると、全肯定が即全否定となります



これが面白いところで、この矛盾について誰も説明することができません



肯定は否定を含み、否定は肯定の必然を生みます


否定しても現実は現実です


だから、その認識による偏った観念を否定します


しかし、認識によって世界は成り立ちます


だから、その認識すら肯定されるべきとなります



認識と想像による観念があって、初めて自分を取り巻く世界が成り立ちます


しかし、それでは本質がつかめない


その本質とは何なのか


生きていくうえで時間をかけて少しずつ理解していくものです


心が学んでいきます



物事に肯定も否定も無いということです


そして、それは、人間が生み出した、物事の違った2通りの見方ということです




いつもお読みいただき、ありがとうございます