最高の瞬間の無限を生きるための世界観への道

最高の瞬間の無限を生きるための世界観への道

法衣を脱いだ真言密教・仏教徒が説く、精神修養にて日々を最高の自分で過ごす為のブログです
変化と向上のための実践を徹底追求しています
魂の成長を求め、心を浄化し、混沌の世で最高を生きましょう

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みなさんこんばんは、緒川賢治です

 

ずいぶん、ずいぶんとお久しぶりとなっていますが、いろいろと試行錯誤しながら毎日を過ごさせていただいています

 

人生とは、真理とは、そして、天命とは、という究極のところでしのぎを削らせていただいている毎日でありますが、絶対的な真実ということで、「きゅうしんりょく」というものに辿りついています

 

求心力というのが変換で最初に出てきますが、まあ、感じに当てはめると、吸心力または、究心力または及心力という感じですかね

 

歴史や世界情勢を軸として考えるならば、ここに行き渡りますね

 

起動と反応と普及

 

小宇宙というのは何か

 

綺麗事ではありません

 

なぜ挑戦という言葉があり、それがあらゆる分野と場面で重要視されるのか

 

中心を取れ

 

その中心は何なのか

 

ここに重大な分岐点があります

 

面白いです

 

 

さて、最近、コロナウイルスが大きな話題であり、人類の大きな課題となっていますが、まああらゆる説によってとてつもないお話となっていて、どの角度から見ても正確な状況判断がつかめない状況になっていますが、その中でまず最初にすることはというと、徹底的な情報収集からの選択か、徹底した瞑想ですね

 

私は、とりあえず徹底的に情報収集を行いましたが、真実がはっきり言って見えません

 

これが偉大なる世界だなと、挫折感を持ちつつも壮大なるこの世に対する畏怖の念も持ってしまいますが、それよりも感服するのが、大衆の反応心と反応行動です

 

チェーンメールのデマとか言われていますが、お湯を飲むこと自体はとても有効なことだと思います

 

熱湯をがぶ飲みするのは、風邪やインフルエンザの常套手段ですし、水虫ですら、火傷する寸前までドライヤーを当てることで徹底乾燥させながら加熱することで抑制が効果てきめんですので、一般的な細菌やウイルスの類は、人体の消毒系の手段で対抗できるはずです

 

デマも支持されているうちが花みたいで、一瞬にして奈落の底に消え去りますが、まあ、ここでも中心の奪い合いというか、仮の真実の奪い合いみたいな感じで、何が真実かということへの競争であり、潰し合いみたいな感じですね

 

そこで、まあ、突拍子もない話ですが、香港のデモはどうなったのとか考えていると、実際には武漢でのデモとかも関連してきて、あらゆる方向に話が広がります

 

インフルエンザとか肺炎の現状を調べていくと、また意外な真実が浮かび上がっていきます

 

今回ビックリしたのは、何よりも、トイレットペーパーの売り切れ状況ですね

 

それだけではなく、アルコール除菌ウエットティッシュやエタノール原水も売り切れでして、それがたった2~3日の間に起こったことだということです

 

大衆心理というものは本当に無視できませんね

 

 

本日はこの辺で・・・・

 

おやすみなさい

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは、お久しぶりの投稿になります、緒川賢治です😀



あれこれ精神修養とか仏教や密教、スピリチュアルまで、とことん追求して研鑽して、ようやくある種の完成というか、結論にいたりつつあります。



かといって、それをブログでうまいこと伝えられる自信もないので、まあ、しばらくは、ちょっとした日常のことでもお話していきますね。





みなさんこんばんは、緒川賢治です

 

随分とお久しぶりとなりましたが、何とか改元前にブログ書きたいと思って、日が変わる6分前から書いております

 

全国各地で令和イベントが盛り上がっていますね

 

私は、家でテレビを見ながらワインを飲んでいます

 

あと残すは4分です

 

令和についてはいろいろと思うところがありますが、もっと大きなところで物事は動いていますので、ものすごく大きな希望をもって、元年に備えたいと思います

 

あと2分となりました

 

ではみなさん良いお年を~

 

平成最後の1分を、ゆっくりお過ごしください

 

このブログもガンガンアップしていきますので、これからもよろしくお願い致します

 

 

残り30秒ちょっとですね

 

ではでは~

 

 

 

 

みなさんこんばんは、緒川賢治です

 

過去、未来、今

 

今が全て、全てが今という刹那に凝縮されている、という境地にしばらくいましたが、止まることを知らず

 

さらなる境地へとたどり着きました

 

今なんてない!!

 

今というものすら単なる疑念、いやいや概念と言っておきましょうか、そんなものすらないというところまで行くことが出来ました

 

やばすぎです

 

たくさんの教えを超えることができまして、更なる追及を重ねていこうと思います

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます

 

 

 

 

みなさんこんばんは、緒川賢治です

 

本日は、一言つぶやきと、恐らく長々とした解説です

 

ジャッジしてはいけない

 

これはですね、物事の理由とかですね、原因とかですね、見えない世界で起こっていることとかですね、意味とかをですね、自分の知識というかですね、特に、人間学的なものや心理学的なもの以外での、霊的意味や宗教的意味での解釈を自分の思い込みで安易にしても意味がないということです

 

超現実主義においてはですね、たくさんの因果関係などを予測できますから、ガンガンにその予想などで検証の確立を上げていくのが普通ですが、ここに、神霊的な目に見えない力やご縁などを想像して当てはめたとしても、まあ、ほとんど当たらないですね

 

自分に都合の良い解釈をすることはとてもいいことですが、後々で自分や周囲の人々にプラスになっていないと意味がないので、完結してしまっても後が続かないんですね

 

実は私、けっこうそういう人知を超えた部分にまで想像を膨らませるのが得意なのですが、実際問題としては、妙な理屈っぽいものは絶対に当たりません

 

思い込みというものの怖さだけはたくさん思い知らされた経験がありますから、本当に物事を見極めるのは慎重に行かないといけません

 

簡単に言ってしまうと、下手なことは言えないということですね

 

あと、状況は一瞬一瞬で大きく一変してしまいますから、何かが分かったような感じがしたとして、例えば、それを誰かに話してしまった時点で、もう状況や流れや背後の意味は大きく変わっていますから

 

この時点で、ジャッジというものが何も無かったかのような無意味なものとなります

 

ただですね、大きく間違えていけないのがですね、人生は常に選択や判断の連続でして、頭をフル回転して的確な決断をどんどんこなしていく力が無いといけないので、日常的なことを全て人任せや状況任せにしてしまうのは、大顛倒ということになります

 

自他と世界、この3つの関係というのをしっかりと把握していると、間違えることはありませんが、どうもですね、今のままで何も考えずにあるがままに任せて生きているだけで素晴らしく全てが満たされているんですよ、というような偏った考え方に騙されて、ぐうたらで不健康なままでも良いという思い込みに生きている人がけっこういるのではないかと思います

 

何のために学んで、実践するのか、これがまず基本ですから、今のまま何もしないでいいのですよというのは、本来の目的を見失っていることになります

 

上手くできた理由がありまして、今の状況が嫌だから何かを変えたいというところから、今のままで素晴らしいのだから何もしなくていいのだよとなり、あれ、じゃあ、今の嫌な状況を何とかするにも何もしなくてもいいのか、ということになり、今のままで素晴らしいということに気づけば良い、ということになり、ここで、肝心なところが抜けていますが、何がどう良くなるのかがはっきりとしていませんが、どの道、今の状況が嫌なことには変わらないんですね

 

これはですね、昔からの自己啓発や精神世界の教えの内容と表現と手段が違うだけで、ある意味、脳内革命のようなものですね

 

嫌な状況を受け入れて、もっと大事なことに目を向けてみるというのが、この数十年の心の学び系の基礎の一つです

 

自分の小さな我欲や判断などよりも、この世の真理や霊的な世界はとてつもなく大きいので、抵抗してはいけないとかもですね

 

しかし、これをどう捉えて自分自身の生き方に反映させていくかというものですね、まあ、この個人個人のセンスというか、判断力・決断力・理解力・認識力にかかってくるんですね

 

お釈迦様は、たくさんの人に教えを説きましたが、一人一人必要な教えも教えに対する解釈も何もかもが違うということでですね、まあ、もっと一人一人が自分を信じて探求していくのも逆に手ではないのかなとも思いますね

 

教えを説く人が何についてどんな教えを説いているのか、これをしっかりと理解しないと、間違った教えやはっきりとしない教えを学んでしまうことになりますからね

 

何をどのようにして、自分をどのように変えて高めたいのか

 

まずはここから始まります

 

そのゴールは、トライ&エラーの後で見えてくるものであり、永久的ともいえる自己研鑽と、日々の修練、修行、心の学び、宇宙の真理の学び、身近な出来事の学び、あらゆるすべての学びにおいてどのように動きどのように考えどのように伝えるか、これを常に考えていかないといけません

 

結果ですね、安易にポンポンとジャッジしてはいけないということになり、物事を徹底的に洞察して検証して、それでも答えは生き物のように移り変わるのをしっかりと体感し続けながら、自分もその流れに一体化していくよう努力する、ということになりましょうかね

 

けっこう難しい話なのですが、同意いただければ幸いです

 

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます