周りの人々も自分自身という観念法 | 最高の瞬間の無限を生きるための世界観への道

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法衣を脱いだ真言密教・仏教徒が説く、精神修養にて日々を最高の自分で過ごす為のブログです
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魂の成長を求め、心を浄化し、混沌の世で最高を生きましょう

みなさんこんばんは、睡眠不足でバスの中で居眠りしかけた、緒川賢治です



さて、本日は、簡単実践テーマということで、仏教・密教・精神世界で説かれる教えを実際に練習してみると、どんな感じになるか、というお話です



その教えとは


「全ての生きとし生けるものは、自分自身と同体である」、というのがありますが、これを「全ての人々」と、一部に限定したいと思います


これを簡単に実践してみたいと思いますが、最もうってつけだと思う方法があります



普通に生活している時にも、そういう観念を持つことはできますが、どうも集中が今一つになってしまいますので、雑踏の中など人が多いところで時間を作るとか、落ち着いてじっくり観想できる状況が必要になります



街の人混みの中で、ゆっくりと立つか座るかして、リラックスして意識を広げるような感覚になります


そして、周囲の人々全ては、自分自身であると、観念します


いろんな人がいますが、その一人一人は、全て自分自身の表れだと観念します


目に見える周囲の人々が自分と同体であるという観念をしばらく続けたら、今度は、街全体、日本、世界中の人々、という風にその範囲を広げていきます


そして、最終的には、全ての生きとし生けるものも、生命体としての地球も宇宙も自分自身と同体であるという観念に行き着くのですが、まずは、地球上の人々を観ずることで、ゆくゆくは生命体が全て平等であり一体無二であり基本的には構成要素は同質であることを学ぶための基礎作りをしたいと思います



「全ての人々は、自分自身である」


それが真実味を帯びてくるくらい、じっくりと観念していきましょう


全ての人々が自分自身と一体無二であることが分かると、世界が変わります



ある程度勉強していないと、あまりピンと来ないかもしれませんが、これは真実であり、じっくりと研鑽していくことで、全ての人が自分の表れであることや本当の意味で平等な命であることなど、いろんなことが分かってきます


目の前の人は、自分自身の分身であり、自分と同体であり、自分と全てが平等であり、一部であり全体であり、鏡であり、内面であり、先生であり、現象であり、真理であり、メッセージです


それは、周囲の人々、世界中の人々まで、全て同じです



難しいかもしれませんが、それでもじっくりと観念を継続してやってみる価値はあります



私が以前時々行っていた方法ですが、スーパー銭湯や温泉でやると、ものすごく集中できます


全員裸であり、全員ゆっくりしていますし、風呂に入るという共通の目的の中、すんなりとリラックスした状態になり、じっくりと観念に入り込めます


そしてですね、余談ですが、ちょっと迷惑なお客さんとか、やたら威圧感を振りまいているお客さんとか、はしゃいでいるお子さんとか、いろいろいますが、そういった人々に対しても親しみを感じることができます



これぞ、名付けて、『平等感と一体感を観ずる温泉瞑想法』とでも言いますか



決してふざけているわけではありません


世の中の生きとし生けるものとの一体無二を学ぶための基本として、うってつけの方法であると思っております



自分と世の中や他人との一体無二を真理だと教えられても、こういった教えは常識にとらわれると実感が難しいですが、それでも何が何でも、教えとしてある以上、何らかの方法で、感得しようとしないといけないと思い、編み出した方法です



さあ、私を信じて^^;)、実践してみましょう





いつもお読みいただき、ありがとうございます











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