20090120 日本経済新聞 夕刊

 世界を揺さぶった信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題。証券化商品など売買しにくい金融商品のリスクが浮き彫りになった。
 「いつでも取引でき、透明性の高い上場投資信託(ETF)の時代が来る」。野村アセットマネジメントの商品企画部シニア・マネジャー、田畑邦一(42)はこう考えている。
 日本で初めてETFを開発したのは野村アセット。一九九五年に東証と大証に日経三〇〇株価指数連動型を上場した。株式をパッケージできるETFで供給過剰を和らげる狙いで、供給者の論理からできた商品だった。
 二〇〇二年以降、景気回復とともに、投信ブームが起きる。しかし、関心が集まったのはETFではなく、店頭で売られるインド株投信などだった。銀行と証券会社が入り乱れて一般の投信販売を競った。
 そのころ、欧米ではETFが急拡大していた。投資家がお金を運用する際に、使い勝手がいいからだ。米国ではETFの売買高が株式の三分の一を超える月もある。欧州ではこの二年で時価総額は四倍にもなった。
 田畑は八九年、野村証券に入社。支店の後は投資信託部などで主にリテール(個人金融)向けの金融商品企画に携わってきた。〇五年から野村アセットで商品企画を担当している。
 そんな田畑に大証から新しいETF開発の話が舞い込む。独自商品の開発に熱心な大証は、従来の株価指数連動にとどまらない新しいETFの開発をめざしていた。
 ちょうどそのころ、外資系証券会社が欧米での実績を背景に日本市場でのETF業務参入をうかがっていた。「創業者利益を逃がすわけにはいかない」と、田畑は金ETFの大証での上場準備を始めた。
 投資家に受け入れられやすい商品作りは簡単ではない。海外に例はあるものの、日本の法律に合うように変えなければならない。投資対象は金価格に連動する債券として、実質的に金の値上がり益を享受できるようにした。大証上場にこぎ着けたのは〇七年八月。田畑は「ETFは第二世代に入った」と位置づけている。
 同年十二月に金融庁が金融・資本市場競争力強化プランをまとめた。柱の一つがETFの多様化で、商品も投資対象に位置づけた。それを受けて、米ステート・ストリートなどがニューヨークに上場する金ETFを東証に重複上場したのは、野村アセットによる上場から十カ月も後だった。
 サブプライムで投資家のETFを見る目も変わった。上場されており、信頼感は高い。しかも信託報酬は日経二二五連動型で約〇・一一%と一般の投信の三分の一程度とあって、取引が急増している。
 〇八年十二月のETFの売買代金は三千百億円弱。うち野村は二千億円とおよそ六三%のシェアを持っている。初めは不安もあった田畑だが、ETFが「貯蓄から投資」の信頼回復への糸口になると期待している。=敬称略
(編集委員 太田康夫)




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