20090106 日本経済新聞 朝刊
「レモン」とその証券化
今回の金融危機の根底にあるのがジョージ・アカロフの「レモン」の問題だというと、一体何のことかと思われる読者もあろうが、ここでいうレモンとは、英語で使われる欠陥品の意味である。アカロフは過去に事故を起こした欠陥車の売買の例を使って、売り手が持つ情報と買い手が持つ情報の質が異なるという「情報の非対称性」が市場経済に深刻な失敗をもたらすことを証明したのである。
なぜそれが深刻な問題になるかというと、要点はこういうことである。中古車の販売市場では、事故車であろうがなかろうが、きれいに整備されて並べられているから、仲介した売り手は事故車であることを知っていても、買い手にはその判断がつかない。そのため多少安い価格のついた事故車(レモン)が売れ、良質の車の方が売れ残るという「逆淘汰」が起こることになる。つまり、悪貨が良貨を駆逐する、逆の選別現象によって市場は劣化し、それが極端になれば市場は崩壊するという論理である。
「サブプライムローン」とよばれる住宅ローン問題から始まった今回の金融危機も、もとはといえば、この「レモン問題」に端を発し、それが何重にも重なって生まれたものである。「プライム」と呼ばれる優良顧客よりも信用度の低い「サブ」の層に、どの程度まで住宅ローンの金利支払い能力や元本の返済不履行の可能性があるのか――そうした層のレモン化の程度は、実際の判定が難しい。
また、貸し手がそのリスクを分散しようとして、債権を小口に分割して証券化し、株式の有価証券と同じように広く販売すれば、どこにリスクが散らばったのかが分からなくなる。スタンフォード大学教授のジョン・マクミランは『市場を創る』という名著で、市場がうまく機能するかどうかは、設計の細部にあるとし、「神も悪魔も共に細部に宿る」と警告しているが、今回の金融危機で「悪魔」が宿ったのは、今述べたリスクを切り分けて証券化した際の細部にあったのである。
他方、神も宿らなかったわけではない。低所得者への住宅ローンによって、米国経済を事実上支えている移民や低所得者も家を持てるようになった。これは米国社会にとって、その局面では福音だったであろう。
しかし、いったん資産に対する融資とそのリスクとを切り離すという設計ができると、リスクは瞬時に世界の金融機関に分散し、大規模な投資銀行の倒産にまで、見えざる悪魔の手が及ぶことになったのである。
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