20081221 日本経済新聞 朝刊

 米国では大手金融機関や巨大企業のトップ経営者の場合、十億円以上の年収はざらで、中には百億円を超えるケースさえある。
 バブルがはじけ企業が政府に助けを求めるような状態になって、経営者の巨額の報酬を非難する声がわき起こっている。以前から「強欲だ」という批判はあったが、株価を上げて株主を満足させていたので正当化されていた。
 日本商工会議所の会頭を務める岡村正東芝会長は「米国の経営者の高額報酬には驚きますね」と言う。「従業員の千倍もの報酬を取ろうという発想が私にはわからない」
 サラリーマン経営者のトップは大手企業でも、報酬は基本的に部長、平取締役の延長線上で決まる。成果主義の考え方が浸透してきたとはいえ、高が知れている。
 しかし同じ人間だから、日本人だって金銭欲はある。小型モーターメーカーの日本電産を創業した永守重信社長は十数年前だが、こんな話をしていた。「人は金が欲しいから、会社をつくるんですよ。ろくに飯も食えないうちから、社会に貢献なんてウソだと思う」
 「ただ金ができると、変わってきますね。金のためだけなら、事業を大きくする必要はありません。株式を上場せずに身内だけでやってる方がはるかにいい」
 派手な金満家は世間からよく言われない。永守さんが家を建て直した時のことだ。「米国人は『ワンダフル、おめでとう。お前、成功してよかったな』と素直に祝福してくれますが、日本人は難しい。『こんな立派な家を建てて、うちにモーターをよほど高く売りつけているに違いない』と勘繰る人もいますよ」
 「ねたみ社会だから、ぜいたくはできません」と、永守さんは言う。資産ができた今も年がら年中、仕事で走り回っている。
 戦前の住友財閥の重役でもあった歌人の川田順は「大正時代のことであったが、家長吉左衛門の個人の家計が膨張し、毎年三十万円内外に達したので、私はにがにがしく思った」と「住友回想記」に書いている。住友製鋼所(現住友金属工業)でさえ利益として上げ得ないほどの「貴重な金を一個人の暮らしで費やすという法はあるまい」というわけである。
 川田は「住友ほど巨額の金を寄付した富豪は、日本において稀であったと思う」と評価していたが、それでも違和感があったようだ。日本人の金銭観には屈折したところがあり、あっけらかんと強欲になれないようである。


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