20081130 日本経済新聞 朝刊
中国の内陸の中核都市、成都。沿海部での出稼ぎをやめ、故郷で働いている人を探しながら火鍋レストランに入った。社長の周〓伶さん(36)に聞くと「私がそうよ」と答えた。
米国景気の減速で沿海部の工場がつぶれ、出稼ぎ労働者が続々と内陸に戻り始めているが、彼女の場合は成功例。広東省で働いてお金をため、三日に火鍋店を開いた。「金融危機の影響を心配していないのか」と尋ねると、「全然」と言わんばかりに笑いながら両手を広げてみせた。
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中国が高成長を続けた要因はいくつかある。外資の導入や安い労働力、好調な世界景気。加えて大切なのが豊かさを求め、猛烈に働く庶民の活力だ。
農村からの出稼ぎ労働者は劣悪な環境など悲惨なイメージで語られることが多い。実際は多くの人が農村にいたときより、収入が増える。こつこつ貯金すれば故郷に家を建てることもできる。中国の発展を支える彼らの生活を、米国発の金融危機が直撃した。
中国がフィルムを高速で巻き戻すように政策を見直しているのもそのためだ。二十七日に実施した今年四回目となる利下げでは、貸し出しの基準金利を一気に四年前の水準に戻した。
貿易黒字の伸びを抑えるために減らしてきた輸出企業への税還付を逆に増やし始めた。金融当局は一―九月の対ドルの人民元レートを年一〇%に迫る勢いで上げ続けてきたが、十月から切り下げに転じた。
温家宝首相は五日の政府の会議で「適度に緩和的な金融政策を実行する必要がある」とし、政策の転換を明確に宣言した。この場で四兆元(約五十七兆円)の景気対策も決めた。
さらに十五日には出稼ぎ労働者が見限り始めた沿海部の広州市を訪れ、十九世紀の英国のロマン派の詩人、シェリーの詩を引いて「冬が来たのだから、春が遠いということがあろうか」と訴えた。だが春が来る前に冬の寒さはこれからますます厳しくなる。
十月の工業生産は前年同月比八・二%増と、事実上、七年ぶりに伸び率が一ケタになった。景気は刻々と悪化している。みずほ総合研究所の細川美穂子研究員は「十月の統計はすべて悪い。一九九七年のアジア通貨危機より深刻」と言う。
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内陸に帰った出稼ぎ労働者が集まって暴れ、社会不安になるといった事態はまだ起きていない。職業紹介所の成都誠信人力資源管理顧問の陳〓氏は地図を指しながら「(旧正月の)春節が近い。(四川省の省都の)成都にとどまらず農村に帰ったのだろう」と言う。だが一月末の春節を越しても仕事が見つからなければ社会に緊張が走る。
成都で火鍋店を開いた周さんは「何も怖くないよ」と笑う。それでも金融危機の大津波は、ともったばかりの彼女の希望の火をあっさりと押し流してしまうかもしれない。五十七兆円の景気対策に効き目がなければ、庶民のエネルギーを損ないかねない。
中国の庶民が不平等な社会体制や格差を我慢して働いてきたのは「明日は今日より豊かになる」と信じられたからだ。その期待がぐらつけば、中国にとって危機は本物になる。欧米で銀行への公的支援が当たり前になったため、中国では「政府が経済に介入する自分たちのやり方は正しい」と自賛する風潮さえある。実態はそれほど余裕はない。
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