20081119 日経産業新聞
「国家戦略の中核」狙う 効能発揮にはハードルも
日本から先進医療を世界に送り出すための「先端医療開発特区(スーパー特区)」が動き出した。十八日、新型万能細胞(iPS細胞)などの研究チーム二十四組が選定された。安倍政権時代には、リーディング産業の「一丁目一番地」と期待された医薬品産業も、厳しい医療費削減政策が続き「もはや住所不定」(製薬首脳)。スーパー特区は医薬品産業のカンフル剤となるか。(11面参照)
「これまでの研究成果を応用するための好機」。慶応大学の岡野栄之教授はスーパー特区に期待を寄せる。
すでに共同研究などを進めてきたチームでの申請が多く「内容に新味はない」との声もあるが、参加する大学や製薬会社などの研究者らは、特区ならではの優遇措置を期待する。円滑な臨床試験(治験)手続きや審査、共同治験のための薬事法改正などだ。それだけ、現行制度は先端医療の研究開発にそぐわなくなっていた。
例えば岡野教授が取り組む脊髄損傷治療。これまでも大日本住友製薬や中外製薬、生化学工業などと炎症の抑制や神経再生治療をサルなどの動物実験で治療効果を確認してきたが、壁を感じることも多かったという。
再生医療に使う細胞や組織は、医療機関で医師が独自に培養し、医療目的で使う場合のみ認められた。企業が参加する複数施設での治験は薬事法の対象となる。そのため一つの施設で作った細胞を、他の施設に提供するには複雑な申請手続きや安全性確認作業などが逐一、求められた。
ネズミなら上手
薬事法による安全性などの審査基準の分類も「薬」と「医療用具」の二種類だけ。ヒト組織を使った細胞シートや患部に的確に薬を運ぶ微細粒子など、新技術については適正な評価基準はない。こうした現状を知る海外の研究者らは「日本人はネズミの治療がうまい」と冷やかす。マウス段階の研究は進むが実用化はお粗末という意味だ。
医薬品産業を日本のリーディング産業と明確に位置づけたのは安倍晋三元首相だった。首相就任最初の所信表明演説(二〇〇六年九月末)の中で、国家の成長に貢献する産業として「医薬」を真っ先に掲げた。首相の演説を聞いた製薬業界は「国家戦略の一丁目一番地」と沸いた。
しかしその先に待ち受けていたのは、元首相の言葉とは裏腹の厳しい現実だった。〇八年四月の薬価改定で、医療費抑制を急ぐ政府は平均五・二%の薬価引き下げを実施した。製薬各社を特にがっかりさせたのは「再算定ルール」。企業の予想よりも二倍以上売れた薬剤については薬価を“再算定”して引き下げ幅を拡大する仕組みだ。
武田薬品工業やアステラス、第一三共など各社の主力薬である血圧降下剤「アンジオテンシンII受容体きっこう剤」(ARB)が再算定の対象となり、引き下げ幅は平均値の二倍の一〇・一%に達した。製薬各社からは「販売努力も報われず、日本市場の魅力は薄れるばかり」との声が漏れた。
進む日本離れ
実際、製薬会社の日本離れは進んでいる。アステラスは四月、臨床試験(治験)の統括機能を米国に移した。医薬産業政策研究所の調べでは、国内製薬会社が見つけた新薬候補品のうち「日本先行」で開発する品目数は一九九六年に百九十五品目あったが、〇六年には半分以下の七十三品目まで減った。安倍政権が「一丁目一番地」と持ち上げる一方で、国内の医薬品産業は徐々に地盤沈下していたのだ。
医療機器産業でも欧米の後じんを拝してきた。国内の市場規模は約二兆二千億円だが、貿易収支では五千七百億円程度の輸入超過だ。心臓ペースメーカーなど心疾患の治療に使う装置は大半が米国製。手術ロボットや血管治療に使うカテーテル(医療用細管)の特許数も米国が圧倒する。
スーパー特区はこうした負の循環を逆転できるのか。期待が高まる一方で、研究開発促進などの実効性を疑問視する声もある。
実はスーパー特区が公募時にうたった利点は「研究資金を省庁や年度をまたがって運用できる」「審査当局との早期相談」など、立法措置を伴わない支援策のみだった。
先の「構造改革特区」では、構造改革特区法という法律のもと、酒税法を緩和した「どぶろく特区」や株式会社による病院経営など革新性があった。それと比べると魅力に欠ける面は否めない。
〇九年度以降に、スーパー特区のための法律を制定する方向で検討が進んでいるが、薬事法など既存の規制に対してどれだけ踏み込んだ特例措置を設けることができるか。選ばれた医療技術が特区の年限である五年後の実用化に間に合うか。特区への過剰な期待がため息に変わらない迅速さが求められている。
(下田英一郎、吉野真由美)
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