20081024 日本経済新聞 朝刊
政府の社会保障国民会議は2025年度時点の医療・介護費用の試算を公表した。医療・介護のサービス提供体制を大幅に見直すことが前提となっており、今後の制度改革の議論につながりそうだ。政府がこうした試算を示すのは初めて。今回の試算が示した将来の「あるべき姿」ではどのように医療・介護のサービス体制が変わり、それが及ぼす影響はどうなっているのか。ポイントを整理した。(1面参照)
入院期間短縮ねらう
シミュレーションの柱は、病気にかかり始めで症状も激しい急性期の医療の見直しだ。現状の医療サービス体制は、病床が過剰で、機能分化も不十分なほか、患者の入院期間が長いなど非効率な点が多い。入院の中心をなす急性期患者への処置で、医者や看護師などの人員の重点配分と病床の専門分化を進めることを提言。短期の治療で急性期患者の早い退院を促し、入院から在宅・訪問診療など地域療養にサービスの重心を移す狙いだ。
まず、急性期医療に関して人員を増やさないなど改革をせず現状を維持した場合に、二〇二五年度時点でサービス体制がどう推移しているかを予測。急性期や回復期など病気の段階ごとに機能分化していない「一般病床」の一日当たりの利用者数が〇七年度に比べて三割増の百四万人に増加。病床数も三割多い百三十三万床に増え、平均入院日数も横ばいで算出した。
そのうえで(1)穏やか(2)大胆(3)急進――の三つのケースを提示し、同様に二五年度時点での数字をはじいた。見直しが穏やかなケース(1)では急性期医療にかかわる人員を現状より六割増やし、急性期患者への対応に専門化した病床の利用者数が五十六万人、病床数が八十万床になることを想定。平均入院日数は十五・五日から十二日に短縮できるとした。
見直しを「大胆」に進めるケース(2)では、人員数を二倍にし、病床数も圧縮。平均入院日数は十日に縮められるとした。さらに「急進」なケース(3)では「一般急性」と治療の難度がより高い「高度急性」に病床の機能を分ける。一般急性病床は四十九万床とし、人員は八割増。入院日数は九日に短縮できるとした。高度急性病床は二十六万床に絞り込むが、人員数は約二・二倍に増やす。
いずれの案も急性期医療に人員や医療設備を集中投入して、病床数と入院日数を減らし、医療を効率化することに狙いを置いている。
▼急性期 病気になって日が浅く、症状が急激で不安定な状態にある時期。早期の重点的な処置や手術、投薬などを必要とする。急性期を脱して症状が安定に向かえば、回復期に移る。
▼一般病床と療養病床 現在の病床区分では、精神病床と伝染病床、結核病床を除く病床は「一般病床」と「療養病床」に分けられている。急性期を含めた治療に対応する一般病床と比べ、療養病床は長期にわたり療養を必要とする患者が入院する。一般的に一人当たりの医師の数は療養病床の方が少ない。
▼居住系 介護サービスの中で、施設と在宅の中間のサービス。より自宅に近い感覚でサービスを受けられる。少人数で共同生活する「グループホーム」や、ある程度の条件が整った「ケア付き住宅」などが含まれる。
私はこう見る
施設体系への踏み込み評価
千葉大教授 広井良典氏
将来の医療・介護費用の見通しについて、医療や介護の施設体系やサービス内容にも踏み込み、改革の選択肢とセットにした形で試算を公表したことは初の試みで高く評価できる。
国際的に見ると日本は人口当たりの病床数が突出して多く、逆に福祉施設・住居やサービスが少ない。急性期や高度医療への資源配分も不足している。こうした状況を踏まえれば、今回示された改革の方向は基本的に妥当なものといえる。ただし、改革の内容自体は以前から重要性が指摘されつつも実施が遅れてきたもの。今後いかに実現していくかが問われる。
医療費や介護費のあり方や配分の改革が重要だと考える。例えば診療所から病院への医療費の配分シフトや、介護従事者の賃金水準の引き上げなどが大きな課題だ。個人のレベルでは将来の税・保険料負担とともに医療・介護費用の自己負担部分がどうなるかが大きな不安材料。どの部分を重点化し、公私の役割分担をどうするか、今後は社会保障全体のビジョンについて踏み込んだ議論の必要がある。
安全・安心に配慮足りない
東京医科歯科大大学院教授 川渕孝一氏
国民の負担増が避けられない日本の医療・介護で、2025年の必要財源の規模を試算した点は評価できる。
しかし「単価×数量」という形の試算に基づいて安全・安心の医療・介護システムが構築できるか疑問だ。医療・介護の崩壊を避けるためにはこれだけのお金が必要だという「息遣い」が感じられない。国の考える医療・介護のあるべき姿が、病院の平均入院日数を短縮し、病床数を削減するだけでは寂しすぎる。
試算では3本のシナリオを立て、(1)緩やかな改革(2)大胆な改革(3)さらに進んだ改革――と銘打っているが、医療・介護職員数が異なるのみで、必要財源に大差がない。短期的にはコスト高の要因となる医療の技術革新を、どう社会保険に取り組むのか、一定の視座が欲しかった。
国が回収しているデータを使い、疾病別に医療の質向上と効率化を同時達成するモデルを模索したり、各都道府県が保有するデータを用いて地域別最適モデルを求めたりするなど、ミクロからマクロを算出する努力が必要ではなかったか。
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