20081024 日本経済新聞 朝刊
社会保障国民会議の分科会は二十三日、政府が試算した医療、介護費用の将来推計を議論した。医師不足、医療ミス、介護難民……。国民の安心が崩れるなか、推計は医療、介護サービスの「あるべき姿」を描き、必要となるコストを示した。今後の改革論議を深める材料としては評価できるが、将来像を実現するには課題が多い。国民の負担増を抑えるための取り組みはいま以上に重要になり、経済成長のための戦略も不可欠だ。(1面参照)
推計が到達点として示した二〇二五年度は、団塊の世代が七十五歳に達し、医療、介護の重要性が一段と増す時期だ。一方、足元の医療、介護サービスの提供体制は崩壊寸前。救急、産科などで医師が不足し、介護の担い手不足も深刻だ。
「選択と集中」
こうした課題の解決策を示し、医療、介護サービスを十分に提供できる体制の実現に必要な費用をはじいたのが今回の推計の特徴だ。「国民の安心」を看板に社会保障費の抑制方針を転換し、負担増に理解を得る布石にしたいとの思惑がある。
日本の医療は病床数が多いが医療機関の役割分担は不明確で、欧米などに比べて入院日数も長い。介護との連携も不十分だ。それでも高齢化に伴い、医療、介護費は膨らみ続ける。このため国民会議は「選択と集中」を掲げ、費用は増えるものの、国民が医療、介護サービスを適切に受けられるようにする改革シナリオを描いた。
推計で示した将来像は三つ。共通しているのは、医療機関の病床を手術など病状が激しい時期の治療をする急性期、リハビリのための回復期などに役割を分けたうえで、需要が増える介護サービスを充実させる点だ。
三つの案の違いは医療機関や病床の役割分担をどれだけ徹底するか。病状の重い患者を治療する病床の数を絞る案ほど、そこに携わる医師や看護師、医療機器などヒト、モノ、カネを手厚く投入する代わりに、医療費がかさむ入院の期間を短くするのが基本設計だ。
それぞれ利用者数や病床当たりのコストの変化などを織り込んで積算すると、三案とも医療、介護費は現在の計四十一兆円から二五年度に計九十兆円強に増え、国内総生産(GDP)比で一一%台後半になるという。
ただ医療保険の効率化は考慮せず「思い切った仮定数値」で試算しているだけに、財源確保をアピールすることに主眼を置いた印象が濃い。
そもそも医療機関や病床の役割分担を巡っては「計画経済のような統制は難しい」(東大医科学研究所の上昌広特任准教授)との指摘がある。いわゆる「社会的入院」を減らすため、厚生労働省は過去にも療養病床の削減を進めようとしたが、「医療難民が生じる」との批判で目標の修正に追い込まれた経緯がある。
推計では介護職の順調な増加も見込んでいるが、安い賃金や厳しい労働状況から離職率は高い。「病院から在宅へ」の流れを描いても、介護の担い手を確保できなければ絵に描いたもちになる。
消費税率13.5%
いずれの案でも二五年度の追加税負担は十四兆円、消費税率換算で四%程度という。先に政府がまとめた年金推計では、基礎年金を税方式にした場合、追加税負担は中心的な案で三・五%分だ。基礎年金の国庫負担引き上げ(一%分)と合わせると、現在五%の消費税率は一三・五%になる。
欧州連合(EU)の付加価値税の下限(一五%)より低い水準だが、医療、介護では税以外に保険料負担も十二兆円増える計算だ。例えば、中小企業の会社員らが加入する全国健康保険協会の保険料率なら現在の八・二%が約一〇%に上がる。
推計は賃金が長期的に年二・五%上昇する前提で組み立てられている。経済が成長せず賃金が伸びなければ、その分、保険料率の上げ幅は大きくなる。安心の見取り図を実現するには、負担増の議論に加えて、経済のパイを拡大させる成長戦略もカギとなる。
推計では効率化によるコスト抑制もある程度見込んでいる。とはいえ今のように社会保障費の伸びを年二千二百億円削るようなブレーキは想定していない。負担増は避けられないにしても、診療報酬体系の抜本的見直しや検査や投薬でのムダ減らしなど、効率化策を深める工夫は欠かせない。
【図・写真】推計では3つの将来像が示された(23日、東京・永田町)
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