20080928 日本経済新聞 朝刊

 二〇〇八年四月、「高額医療・高額介護合算制度」が始まった。世帯内で医療と介護の費用を合わせた自己負担が一定の額を超えた場合、申請をすれば上限を超えた分が支給される制度だが、詳細についてはまだほとんど知られていない。家族内でも異なる医療保険制度に加入していると合算できない場合があるなど、注意も必要だが、世帯によっては医療費と介護費の大幅な削減につながる。
 まずは新制度を概観しよう。最大の特徴は「介護保険」と「医療保険」という異なる公的保険制度の自己負担額を合算できるようになった点だ。夫婦や親子で医療保険と介護保険を利用し、合わせた負担額が高額になる高齢者世帯は少なくないだろう。新制度は、医療と介護の自己負担額の合算に上限を設け、超過分を「高額介護合算療養費」として支給する。
 もともと医療保険と介護保険にはそれぞれ、世帯の所得に応じた自己負担額の上限がある。
 医療保険では「高額療養費制度」を利用できる。七十歳未満で所得区分が一般の世帯は医療費の月額が原則約八万円を超えると、超えた分が払い戻される。介護保険にも「高額介護サービス費制度」がある。介護保険のサービス利用費は原則一割負担だが、その負担月額が三万七千二百円(住民税課税世帯)を超えると、市町村に申請することで超過分が戻ってくる。
 では新しい合算制度を使うと自己負担額はどう変わるか(表A参照)。
 例えば夫婦ともに七十五歳以上で、一般の所得区分の世帯が高額の医療費と介護費を払った場合。従来は高額療養費制度と高額介護サービス費制度を利用しても、世帯で年間約九十八万円までは負担しなければならなかった。新制度では負担額の上限が五十六万円となり、半分近くに減る。
初年度は16カ月分
 医療費と介護費の合算対象期間は八月一日から翌年七月三十一日まで。初年度は制度開始が〇八年四月のため、特例で〇八年四月―〇九年七月末の十六カ月分を合算できる。表Aでは、カッコ内の数字が十六カ月分の上限額だ。
 ただ今年の八月以降に、入院したり介護サービス費用がかさんだりした世帯は、十六カ月分の上限額で計算するよりも、十二カ月分の方が支給額が大きくなる可能性がある。初年度は十六カ月か十二カ月かを選べる予定だ(表B参照)。
 表Cに「一般」の所得区分に当たる両親と息子の三人が国民健康保険に加入する世帯の支給額の計算方法を挙げた。両親は七十歳以上なので、両親の医療費と介護費の合算額(百七万円)から、七十―七十四歳の自己負担限度額である六十二万円を引いて支給額四十五万円を求める((1))。
 さらに両親の自己負担額六十二万円と、息子の医療・介護費十五万円を合計し、そこから息子の自己負担限度額の六十七万円を差し引いた額十万円が息子の支給額となる((2))。つまり世帯全体で、五十五万円の高額介護合算療養費が支給される計算だ。
市区町村に申請
 実際に新制度を利用するには、来年八月以降に申請が必要になる。図Dが申請から支給までの流れだ。まず介護保険を運営する市区町村に申請し「介護自己負担額証明書」をもらい、それを添えて医療保険の運営者に申請する。後期高齢者医療制度の運営者は広域連合だが、窓口業務は市区町村が担当する。
 現状では、市区町村の介護と医療の窓口は別々であるところが大半だが、厚生労働省は「利用者に不便がないよう、介護と医療の申請が一カ所で済むワンストップサービスを目指したい」としている。
 新制度は同じ世帯内の医療費と介護サービス費を合算できるが、この場合の「世帯」とは住民票の世帯とは違う。ファイナンシャルプランナーの山田静江さんは「同じ医療保険制度に加入している世帯、つまり高額療養費の合算対象になる世帯」と説明する。
 図Eに例を挙げた。祖父母と両親、兄は同居で住民票の同世帯。弟は別居していて住民票では別世帯だが、健康保険組合に加入する父親の被扶養者なので、医療保険上は父親と「同じ世帯」の扱いになる。
 この場合、祖父母は七十五歳以上なので後期高齢者医療制度、母と兄は国民健康保険、父は健保組合と、同じ屋根の下に三つの医療保険上の世帯が存在する。仮にこの家族で医療費と介護サービスが高額に膨らんでも、同じ医療保険同士しか合算ができないため、例えば、祖父母と母の医療費は合算できない。
 東京都杉並区に住む藤原栄子さん(仮名、69)は「年間医療費が百万円を超える」とため息をつく。夫(66)は〇七年に特別養護老人ホームに入所したが、体調の悪化で現在は入院。栄子さん自身も介護保険の「要支援一」の認定を受け、足が不自由なため通院が欠かせない。十月には入院しなくてはならないという。
 夫婦の医療費と介護サービスを併せると既に年間約百四十万円を超えているが、藤原さん夫婦は合算制度を利用できない。夫は六十六歳だが、一定の障害があるため四月以降、後期高齢者医療制度に移り、国民健保に加入する栄子さんと医療保険が変わってしまったからだ。
 藤原さんの例だけでなく、例えば夫婦のどちらかが七十五歳の誕生日を迎え、後期高齢者に移行したら、新制度は使えなくなる。
 異なる医療保険制度で合算できないのは、運営者間で費用負担などの調整がつかなかったからという。社会保障問題に詳しい杉並区議の太田哲二さんは「介護と医療という異なる保険制度を合算できるのが特徴なのに、公的医療保険同士の合算ができないのは、中途半端な制度と言わざるを得ない」と指摘する。
 新政権は高齢者医療の見直しを掲げており、先行きは不透明。合算制度の内容にも影響が出る可能性があり、今後の動きには注意が必要だ。(手塚愛実)

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