20080921 日本経済新聞 朝刊

 金融システム危機に直面する米政府が総合的な金融安定化策に動き始めた。個別の金融機関の救済や破綻処理を軸にした従来の姿勢から、包括的な対策への転換ともいえる。前向きな一歩として評価したい。
 対策は幅広い分野に及ぶ。公的資金を使った不良資産の買い取り機関の創設、預金と同様の性格を持つMMF(マネー・マーケット・ファンド)の払い戻し保証、約八百の金融機関に対する株式の空売りの一時的な禁止措置などを盛り込んだ。
 米政府は、個別の危機対応の限界を市場に突きつけられていた。三月、大手証券ベアー・スターンズの事実上の破綻処理を支援した際には株式市場にひとまず安心感が広がったが、相場の上昇は二カ月で終わった。今月、住宅公社の救済を発表したあとの上昇はわずか一日、保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の救済を決めた翌日は逆に下落している。
 安定化策の目玉は不良資産の買い取りだ。住宅バブルの崩壊で金融機関は多額の不良資産を抱えた。貸し渋りを生んで家計の消費や企業の設備投資を圧迫し、米経済の悪化につながる構図の根幹である。
 買い取り策の詳細は今後、議会との調整で固まるが、課題は多い。まず資産の買い取り価格だ。あまり安く買えば金融機関が損失の大きさを恐れ、売り控えるだろう。一方、高く買えば、後で税金を棄損しかねない。住宅関連商品の評価にははっきりしない面もあるだけに、価格の透明性の確保が重要になる。
 買い取る資産の規模も焦点だ。ポールソン財務長官は公的資金の投入総額を「数千億ドル」と述べるにとどめた。市場心理は萎縮しており、小規模だとパニックの芽を残す。
 不良資産の買い取りで危機が収まるかどうかの問題もある。買い取り機関は米国が一九九〇年前後の貯蓄金融機関の危機で使った整理信託公社(RTC)がモデルだが、同じくRTCを下敷きにしたのが九〇年代末に金融危機に陥った日本だ。
 日本は機関を創設して不良資産の買い取りを進めたが、それだけではなく公的資金による大手銀行への資本注入に踏み込んだ。さらに大手行は再編を続け、危機を終えた。日本の事例が米国にそのまま当てはまるわけではないが、重要な教訓だ。
 米住宅価格の下落には歯止めがかかっておらず、このままでは時間とともに金融機関の不良資産は膨らんでいく。米国には、自国発の世界的な金融危機を食い止める責任がある。緊張感を一段と高めてほしい。
 舛添要一厚生労働相が四月に導入した後期高齢者医療制度を廃止して新しい制度の創設を検討すると表明した。衆院解散・総選挙を意識した唐突な方針転換のように映る。
 政府・与党は春以降、今の高齢者医療の枠組みは必要だと一貫して主張している。病気やケガをしやすくなる七十五歳以上の人のための医療給付費を、国と地方自治体が出す税金、現役で働く世代が負担する拠出金、高齢者本人の保険料――の三つの財源で賄う仕組みによって、持続性を高められるという説明だ。私たちもこの枠組みを支持してきた。
 この制度は発足時、厚労省や実施主体である市区町村連合が中身の説明を怠り、高齢者の間に混乱が広がった。後期高齢者という名前への反感や保険料を公的年金からあらかじめ差し引く仕組みへの反発もあり、政府・与党は防戦に追われた。四月末の衆院山口2区補選で民主党が勝ったのは批判票を集めたためだ。
 執行面を中心とする失政の打撃はいまだに収まっておらず、衆院選でも与党が苦戦を強いられるのは明らかだ。舛添氏はそれを予想して踏みこんで発言したのだろうが、責任者の自覚に欠けるのではないか。
 二十日のテレビ番組では「制度そのものは良いが、どんなに良くても国民の気持ちがついて来なければ機能しない」と語った。合理性の乏しい感情的な反対論者を説得できないということだろうか。足らざるところを直し、執行面の不備を補い、制度の良さを理解してもらう惜しみない努力こそが厚労相の仕事である。
 舛添氏は福田政権の閣僚なのに首相には諮らず、自民党総裁候補の麻生太郎幹事長の同意を取りつけたとも説明した。総裁選をにらんだすり寄りとみられても仕方がない。
 政府・与党で一年程度かけて議論するという新制度の中身も判然としない。(1)年齢による区分をやめる(2)保険料の年金からの天引きを強制しない(3)世代間の反目を助長しない――の三点をめざすという。聞こえはよいが全体像がみえない。たとえば世代間の反目とは何を指すのか。
 現行制度の廃止ばかりを唱える民主党も不見識だが、厚労相は制度に全責任を負わなければならない。有権者の選択眼が問われる局面だ。


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